第18話《リモート・ビジネスVR警備業務》

***


『マージデー? マージデー?』クルタがご機嫌に、先ほどの優利のすっとんきょうな言葉を繰り返した。


「名前が気に入ったみたいだな。PAIでも、やっぱり嬉しいのか」


 ご機嫌のクルタを横目にしながら、VRでカレーを食べる。ちゃんと身体にしみわたって、しかも、辛さがとても心地いい。そこで飲む水はまるで待ち構えていたかのように、喉を潤し、体内に浸み込んで行った。


「水がこんなに美味しいなんて」


 聞いていたキャシーがくすっと肩を竦めるように笑う。お嬢様喋りのほうが、ジェミーで、キャシーは少々くだけた話し方や、態度を見せる。

 よく視ると、双子でも少しばかり印象が違った。


「このCaféには、自動判別装置オートコグニションがついていて、普通なら、同じ星座の担当が接客するんだ。きみはたまたま双子座だったけど、偶然だ」


 また寝息を立てた堂園誠士の上に、クルタが止まった。


『昼休みは終了していますが……門奈主任』


 申し訳なさそうに門奈計磨におずおずと告げて、頭をぐるんと回して、きっ、となった。


『怠慢は、本社管理上長に通知されます。PAIとして看過できません』

「それもそうか」


 上長の言葉で、門奈はカレー皿を持ち上げ、かかかっと平らげた。


「よし、行くか。今日はおごってやる。あと、今日の料理はおいしかったが、明日も美味しいとは限らない。脳の感じ方の問題だからな。VRはそもそも脳の洗脳と云ってもいい。現実の感覚リアル・ナーヴを繋ぎ直しただろ。少しずつずれることもあるわけさ」


 最後の一口を終えて、優利はスプーンを置いた。食べ物を摂れば、疲労が回復する。ゲームで言う疲労回復アンプルD-アンプルのようなものだ。


 考えれば、VRMMO然り、RPG然り、HPとライフと、MPは欠かせない。それはそのまま「肉体」と「命」と「心」に繋がる。やはりゲームは人の何たるかを表し、ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインは最も人の生態に近いゲームな気がした。


『暁月優利の精神疲労値ストレス・ラインが下がりました。滞在可能時間はあと5時間です』


 クルタの言葉に被るように、ジェミーが「ありがとうございました」と丁寧に頭を下げてくれた。「うん、美味しい料理でした」一言添えて、よく視ると、ピアスが双子座マーク。指輪も、双子座マーク。


『ジェミーの記録データが書き換えられました』


 ――うん? 何が書き替えられたのだろう。疑問に思う前で、門奈が腕輪を翳して天引きアクセスで支払ってくれた。


『また来てくださいね。堂園さまは、どうしましょう』


 窓辺で臥せっている堂園を見て「いい、そのうち起きるだろう」と門奈はぼやいた。 


***



 VRオフィスとは言えど、社内ではなく、外のマップに近い。公園では平然と打ち合わせが行われているようだが、声が届かない。


秘匿回線ホットラインコールだ。聞こえるとまずい企画会議の時に、乱数を使い捨てる許可しているよ。VRの中だが、ほとんど現実と変わらない。だから、シーサイトもVRに移ったわけだが」


 説明をしながら、門奈計磨は、次なる建物に優利を誘った。ビルのように見える。


「ここは監視モニタリングセンター。サーバと、自宅営業を見ることが出来る。ホールへ行こう。優利ほどの動体視力ゲーヲタなら、問題ないだろうが、360度の画面スクリーンだ、少々疲れる」


 ふよふよとテントウムシが飛んでいた。しかし、テントウムシはみな背中に小さな記憶端子を背負っている。


「監視システムの末端装置だよ。腕輪ウェアラブル・アームズに文字が浮かんでいるだろう」


 見れば文字が浮かび上がり、コードのマークが点滅していた。


「それが、IDだ。五分毎に変わる。ではその文字を、電子板に向けてみろ」

「こうですか」


 言われた通りに翳すと、文字はまるでばらされた古代文字ヒエロマガグリフのように暗号化されて、板に貼りついた。



『認証しました。警備フロアへの立ち入りを許可します。キャッスルフロンティアKK』



「ありがとう、クルタ」

 クルタは驚いてじーっと優利を見やり、「ん」と翼を出してきた。指先で触れると、握手のように翼をふよふよと動かす。


「おお、PAIが仲良くなりたがるなんて、初めてみた。そうなんだよな、優利はどこか、構ってやりたくなるんだ。ほんの二か月だ、仲良くやるに越したことはない」


 なんとなくの和解を済ませると、優利は丸い模様がひたすら書かれている床を進んだ。


 そこには、たくさんの社員のデータと、勤務状況が克明に映し出されていた。


「この画面の、緑色のランプが、リモート・ビジネス。つまりはだ。赤がVR勤務中。黄色がターゲットなのだが、ARは知っている?」


 優利は首を振った。「まあ、見ていて」と門奈計磨はズラリと並んだキーボードに手を置く。


『ARとは、拡張現実です。光学を使っての、実際の映像にデジタルの情報を重ね、表現します。とても複雑化をしていて、一度感動シーンを構築し、情報をしっかりと識別、その上でデータを表示します。まだ開発が終わっていません』


 説明の合間に、門奈計磨は両手でキーボードを叩き。3Dの画像シアターの前に優利を呼んだ。それはOHRのような投影型とは違う。


 黄色のランプに焦点の十字マークが当てられた。「よし、行け!」と門奈計磨は勢いよくキーボードのエンターを押す。

 数台のパトカーが空間を飛び越え、対象のデータに向かって行った。たちまちランプは緑に戻るが、すぐ横の数値は著しく下がって行った。


「なんですか、今の」


「リモートでサボって通販VR中。ここはそういう輩を検挙ハックする部屋でね。自宅での勤務は勤務だ。合間にゲームとかやっていると、ここで感知し次第、減俸になる。自動化の稟議フルオートが通らないので、ここで時折みて、黄色のクエスチョンになっていたら、検挙する」




 ――なるほど、警備業務……。どうやらコツがあるらしく、向かわせた瞬間に緑になり、パトカーはUターンで帰って来た。

 ARのパトカーを何台向かわせればいいか、タイミングは、などまだまだ学ぶことがありそうだ。攻略noteを創ろう、と思った――。

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