ED NO 05
……
…
〜基特高校、校庭の隅。
創立記念碑の近く
早朝〜
「叔父さん、それでね、最近継音さんの表情も柔らかくなってきたよ」
私は朗らかな朝日の中、恒例となった日課を行う。
朝日が静かに登る、あと1時間もすればまた陽の光が夏の暑さを運んでくるのだろう。
墓石、田井中くんが作ってくれた叔父さんのお墓。
隣には同じようなデザインのお墓が数個。そこに埋まるものはないけど、きっと誰かにとっては必要なもの。
そのたもと、ガラスケースの中に入れられた折り紙カエルを見つめる。
「あれからね、避難者の人達の何人かが私の仕事を手伝ってくれるようになったの。うん、風邪薬の整理とか、図書室の調べ物とかね。誰かが手伝ってくれるだけで、なんだろ、もっと頑張ろうって思えるんだ」
もう涙は出ない。
あの日、海原さんがボロボロになりながらも叔父の形見を渡してくれた日に全て流しておいたから。
「叔父さんも、そうだったの? 海原さんや、久次良さんがいたから頑張れたの? でも、少し頑張り過ぎだよ」
それでも、こうしてたまに胸が締め付けられるような痛みに襲われる事がある。
樹原 勇気に付けられた傷はまだ完全には癒えない。
でも、それでもこうして前を向いていけるのは叔父さんの友達がきちんと終わらせてくれたからなんだと思う。
「一姫さん、おはよう。早いね」
「久次良さん、おはようございます。久次良さんも早いですね」
背後から柔らかな足音と、声が聞こえた。
私はその人に挨拶を返す。
久次良さんが、少し寝癖のついた髪を治しながらその足音と同じように柔らかく微笑んだ。
「うん、暑くなる前に出発したくてね。鮫さん、おはよう。今日も暑くなりそうだよ」
久次良さんが隣にしゃがんで静かに手を合わせる。叔父さんの仲間、友達、叔父さんの仇を討ってくれた人。
「久次良さんは今日はどこまで出るんですか? 」
「そうだね、今日は海さんいないから警備チームのみんなと動くんだ。ほら、一姫さんこの前、絆創膏とか湿布が欲しいって言ってたでしょ? ドラッグストアとか探してみようかなって」
「え! 良いんですか? ありがとうございます。助けられてばっかりですね、私」
どうしても声のトーンが下がる。
あの夜、全ての決着がついた1週間前。私は何も出来なかった。
海原さんが、久次良さんが、継音さんが、みんなが基特高校を守ろうとして戦っていたのに、私だけ戦えなかった。
「ばっかり、じゃないよ。一姫さん」
そんな私の内心を見抜いたように、久次良さんの柔らかな声が届いた。
「キミがそんな風に思う必要はない。キミがいなければ僕は多分ここにはいないし、戻らなかった人もたくさんいると思う。一姫さん、キミは僕らを助けてくれてるんだ」
久次良さんはまっすぐ私を見つめた。
優しげな表情の中に、強い何かを感じる。
意地の悪い中に、優しさを持っていた叔父さんとは逆。それなのに、なんでだろう。
久次良さんは叔父さんととても似ている、私はそう感じた。
まただ、胸が痛い。
私は何も言えずに俯いた。そうしないとこの痛みが涙に変わってしまいそうだったから。
「泣いてもいい、とは言わないよ。一姫さんが泣かないって決めたんならそうすれば良いと思う」
久次良さんは叔父さんの墓石を見つめながらぼそりと呟いた。
叔父さんが言いそうな言葉だ。突き放すようでいて、そうじゃない。選択を尊重してくれる優しい大人の言葉。
久次良さんが胸ポケットから何かを取り出し、それを折り紙細工を入れているショーケースの前に立てかけた。
「それ…… やめてって言ってたのに、結局最後まで吸い続けてたなあ」
「そうでもないと思うよ? 鮫さん、途中から火をつけずに咥えるだけとかにしてたから。一姫さんに臭いって言われたのがショックだったみたいだけど」
久次良さんが、笑いながら男性にしては細くたおやかな指で、その箱からタバコを一本取り出した。
「あ、僕が吸うわけじゃないからね」
一言断り、久次良さんがタバコを咥える。いつのまにか持っていた小さなライターの火を灯した。
容姿は似ていないのに、どこかその様子は叔父さんを思い出させる。
火のついたタバコを、久次良さんがお墓の元に置いた。
燻る煙が一本の筋となり、墓石を超えていく。やがて朝日に溶けるように、その煙は薄まり見えなくなる。
「また、ついでにこのタバコも探してくるよ。一姫さんには怒られるかもしれないけどね」
「……そうですね、叔父さん、調子に乗って吸い過ぎるから。でも、ちょっとだけなら見逃してあげます」
私は気付くと笑えていた。
久次良さんも、にかりと笑う。
ああ、叔父さんの笑顔と似てないのに、似てるや。
鼻の奥がツンとする。
もう、会えないのはとても悲しい。
きっと、樹原勇気に付けられたこの傷が消える事はない。奪われた人間の悲しみが完全に癒える事はないのだろう。
叔父さんはもう帰ってこない。もう私の頭を撫でてはくれない。
それはとても哀しくて、悲劇と言っても良いかもしれない。
でも、それでもまだ私は生きている。叔父さんが守ってくれた私が、叔父さんが託した彼らが生きている。
なら叔父さんが完全に滅びる事はない。私達がいる限り、そしてまた私達が次の誰かに繋いでいく限り、その想いは、行動は滅びない。
明日はきっと善い日になる、私は私の大切な人達、善い人達と共に生きていく。
悲劇なんかに沈んでやるものか。
それが弱い私に出来る樹原 勇気への復讐だ。
「久次良さん、私、頑張りますね」
「うん、頑張れ。僕も頑張るさ。鮫さんや、海さんに負けないようにね」
久次良さんがそう呟き立ち上がる。
朝日に照らされ、久次良さんの足元にいつのまにか灰色の小人さん達が集まっていた。
「クジラ、我らは腹が空いた。同胞も皆腹ペコだ。ウイスキーと、スモークタンを所望する」
「え、ウイスキーはまだあるけど…… スモークタンかー。まだ腐ってないのがあると良いけどなー。いいよ、ついでに探しておくよ」
灰色の小人さんと久次良さんがわちゃわちゃと話し合う。
叔父さん、私大丈夫だよ。
こんなにも沢山の仲間がいるから。
貴方が守ってくれたこと、貴方が愛してくれたことを忘れない。
貴方のいない世界で、私は生きていくから。
「じゃあ、そろそろいくね。叔父さん」
私はゆっくりと立ち上がる。
朝日が次第に眩しく、強く辺りを照らす。
薄い黄色が、夏の朝を届ける。
今日もまた暑い日になりそうだ。
「それにしても、海さん、わざわざ雪代さん達と中区の街まで行って何してんだろうね? 警備チームのみんなと行けば良いのにさ」
あれ? 久次良さんの言葉に私は首を傾げた。
「どうしたの? 一姫さん」
「え、ええ。おかしいですね。継音さんから聞いた話だと今日は確か、お姉さんと海原さんと三人でお家を探索しに行くって聞いてたんですけど」
「お家? どこの?」
「どこって…… 継音さん、雪代さん達のお家です。あの東区の山の上にある大きなお屋敷」
「あれ? 海さんは雪代さん達に探し物があるって言われて街に行くって言ってたけど……」
「「あれ?」」
朝の日差しが、カエルのショーケースを煌めかせていた。
エンディング開示条件。
鮫島 竜樹の死亡。
春野 一姫の生存、久次良 慶彦の生存。
及び、無事カエルの折り紙を持ち帰る。
ED NO 05 『小さなお墓の前で』
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