2
シャーリーは外に出てアレックスを探した。しかし、彼の姿は見当たらなかった。
「どこいったんだろう? まだそんなに遠くには行ってないと思うんだけどなぁ……」
そういえば、地上に買出しに行くって言ってたっけ。
「よし!」
シャーリーは下に下りて探すことにした。
その頃、アレックスは紙袋を片手に持って街道を歩いていた。
「えぇと、白熱電球に蛍光灯に……よし、全部あるな。それにしても虫眼鏡なんて頼んだの誰だ?」
まぁいいか、とアレックスは空いている手に持っていたメモ帳の切れ端をポケットにつっ込んだ。
その時頭上から何かの気配がした。見上げてみると一人の男の子が降ってきた。
「アレックス、見つけた!」
「シャーリー!」
突然のことにアレックスはギョッっとしたが、反射的にシャーリーが地面に叩きつけられる前に片手で器用にキャッチした。(もう片方は荷物をつかんでいたからだ)
「何やってんだ、シャーリー! あぶないだろうが!!」
「ぅ……ごめんなさい。でも、早く見つけたかったから……」
「上から探して直にここまで落ちてきたってのか」
シャーリーはこくんと頷いた。
アレックスはため息をひとつつくと、はっとして周りを見渡した。幸い、夕方ということもあって周りに人はいなかった。
「もし人に見られてたらどうするんだ?」
アレックスは改めてシャーリーを見た。男の子は申し訳なさそうに俯いたまま黙っていた。
アレックスはもう一度ため息をついた。
「とりあえず、どこか座れる場所にでも行こう」
二人は近くの公園に入ることにした。
「ほら。ココアでいいか?」
アレックスはベンチに座らせたシャーリーに缶ジュースを手渡した。
「あ、ありがと」
シャーリーは受け取ると、両手で包み込んだ。この季節に空から直滑降で落ちてきたので少年の体は冷え切っていた。
アレックスはシャーリーの隣に腰を下ろすと自分に買った缶コーヒーを開けた。
「それで、どうしたんだ? わざわざ地上に降りてまで俺に会いに来るなんて」
シャーリーは両手で握り締めていた缶を見つめたまま、黙っていた。
「さっきのこと、か?」
アレックスがそう言うと、シャーリーはビクッとしてアレックスを見上げた。
「アレックス……さっきはごめん! せっかく来てくれたの追い返しちゃって。ジジイの言うことなんて気にしなくていいから! だから……」
シャーリーが全てを言う前にアレックスは微笑みながら少年の頭に手をそっと置いて遮った。
「俺は気にしてなんかいねぇよ。あのじいさんの言うことも最もだしな」
「そんなことない! ジジイは頭が固いんだ! 雪造り雪造りっていいながら、自分じゃ何もしない! そのくせ、機械を変えるのも嫌だなんて!」
「それだけ、雪造りにプライドを持ってるってことだろう」
「プライドがあれば何もしなくてもいいてワケ?!」
「そうじゃない」アレックスは一端間をおいた後、真面目くさった顔で聞いた。「シャーリー、お前はどうして造雪にプライドを持ってるあのじいさん何もしないと思う?」
何をいきなり、シャーリーは思った。
「そりゃ……疲れるし、大変だからじゃない? ああ見えて、もう年だし」
「そうだ、彼はもう年だ。だからこそ今のうちに、お前に、雪造りをさせたいんだ」
シャーリーは眉をひそめた。いまいち話の内容がつかめない。
アレックスはふっと笑うと、続けた。
「じいさんはずいぶんと年をとった。つまり、もう先がそんなに長くないってことだ。だから、まだ自分の目が黒いうちにお前に自分が今まで経験してきた雪造りをできるだけ多くお前に知ってほしいと思っているんだ。彼が雪を造ってきて感じたことも全て含めてな。だから、俺みたいな部外者に時間を取られたくないんだよ。機械を変えたくないってのも、お前に本当の雪造りってのを知ってもらいたいからなんだろう」
「そんな……そんなのただの我が侭じゃないか。それにアレックスは部外者なんかじゃない……」
シャーリーは反抗はしてみたが、アレックスの言っていることがなんとなく分かってきたため、あまり強く言えなかった。
「それだけ誇りを持ってるってことだよ。雪造りも、孫であり弟子でもあるお前にもな」
「俺にも?」
「おお。じいさんはお前のこととなるとすげえ甘くなるからな」
「うそだぁ。だっていつも俺のことからかってばっかいるんだよ」
シャーリーはアレックスが訪ねてくる前のことを思い出した。
「ははは、そりゃ愛情の裏返しってやつだよ。とにかく、あの人はお前にはすげえ期待してるんだぜ」
「ふーん。なんか上手く丸め込まれただけのような気がするけど……」
「まぁ、そう言ってやるな。たった一人の肉親なんだからな」
「……うん」
アレックスは残りを一気に飲み干すと立ち上がった。
「さ、そろそろ帰ろうぜ。冬のこの時間帯はかなり冷え込むからな」
うん、と頷くと、シャーリーも立ち上がってアレックスに続いた。
家に帰ると、老クラウドは、まだ暖炉の側で新聞を読んでいた。
「た、ただいま」
老人は、シャーリーの声が聞こえなかったのか、黙ったまま黙々と新聞を読んでいる。シャーリーは老人の側に寄った。
「あ、あの、さっきは……言いすぎた。ごめん」
返事はない。シャーリーは続けた。
「さっき、アレックス話してて、その時に言われたんだ。じいちゃんは俺のことを思ってアレックスを追い返したんだって。じいちゃんは俺に……ねぇ聞いてる?」
あまりの反応のなさにシャーリーは側の老人に問いかけた。しかし、その答えも返ってこなかった。
シャーリーは不思議に思って老人の顔を覗きこんだ。彼は静かに眠っていた。
「寝てる……。じゃあ俺が今まで言ってたことは全部……」
シャーリーは恥ずかしくなった。なにせ、眠っている人間に必死に謝っていたのだから。シャーリーはため息をつくと、ひざ掛けをかけなおしてやり、自分は雪造りを再開した。
「あれ? 造雪用の氷がさっきより少なくなってる……」
その辺りはさすが仮にも雪屋で働いているだけあって、造雪の氷の量はしっかりと把握していた。
さっきは今の二倍はあったはず……。
シャーリーは窓際によって外の雪置き場を覗いてみた。増えている。
まさか!
シャーリーは老人のもとへ駆け寄った。そしてひざ掛けを少しだけ捲り老人の手を触った。
「冷たい……。やっぱり、じいちゃんが一人で……」
老クラウドはシャーリーが出て行った後、一人で半分もの雪を造り上げたのだ。
その時、老クラウドが目を覚ました。シャーリーの姿を見つけると、目を幾度も瞬かせた。
「なんじゃ、思ったより早く帰ってきたな」
老人はだるそうに欠伸をした。
「じいちゃん、じいちゃんが雪造ってくれたんだよね? それも半分も!」
シャーリーは確認するように聞いた。
老人は造雪器の方に目をやると、あぁ、と思いついたように頷いた。
「お前が帰ってくるまで暇だったんでな。久しぶりにやってみようかと思ってな。いやー、それにしても、すっかり腕が鈍ったのう。お前くらいのころはあのぐらいの雪、十分もあれば簡単に片付けられたんじゃがなぁ。最高新記録は確か十四のときに一年分の造雪を七分二十六秒で片付けたやつじゃったかな。なつかしいのぅ。あ、別にお前と比較して言っている訳ではないぞ。お前なんかワシと同じ年になったとしても、わしに敵うわけはないからのう」
それだけ一息に言うと、老人は最後にカッカッカと高笑いをした。
最初は尊敬のまなざしを向けていたシャーリーも、目の前の老人の自慢話が進むたびに、だんだん我慢が出来なくなってきて、終いには切れた。
「このクソジジイー! ことあるごとに人と比べやがって! よぉし、分かった! ならこっちは一分で残りの雪を全部造ってやるよ! じじいはそこで新聞でも読んでろ!」
シャーリーはカキ氷メーカーと氷を無造作に引っ掴むと慌しく外へ出て行った。その後ろ姿をニヤニヤ笑いを浮かべてしてやったような顔をしている老人に見送られているとは知らずに。
その年、若干時期は遅かったものの、大量の雪が世界中に降り積もった。その中には、少し結晶が大きめの荒々しい感じのする雪も混ざっていたとか。
餅は餅屋、雪は雪屋におまかせを。 朝日奈 @asahina86
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