餅は餅屋、雪は雪屋におまかせを。

朝日奈

1

 この世界には天気がある。

 太陽が地を照らし、雲が影を作り、風が気を運び、雨が水を落とす。この世にある天気に必要ないものなどはない。




餅は餅屋、雪は雪屋におまかせを。




「『○×スキー場、遂に人工造雪機投入。一足早く冬気分』。なーにが人口造雪機じゃ。雪造りはわしら雪屋に任せておけというんじゃ、ふざけおって」

 老人はふん、と鼻を鳴らし新聞を捲った。その時、薪と共に元気な若々しい少年の声が降ってきた。

「ふざけてんのは、テメーだクソジジイ!」

 老人は飛んできた薪をひょいとかわした。薪はそのまま老人の後ろの暖炉に放り込まれた。

「新聞朗読してる暇があったら雪作るの手伝えってんだ! もう〆切日過ぎてんだからな!」

 少年は小脇に薪の束を抱え、暖炉の前でゆらゆらとロッキングチェアに座っている老人になおも吠えた。

「うるさいのぅシャーリー、もっとお年寄りは敬えと新聞にも書いてあるぞ。それにワシは見習いのお前が修行になると思って、わざと放っているというのに」

「あんなののどこが修行って言うんだよ! テメーがやんねーのはただ単にメンドクサイからだろうが!」

 シャーリーと呼ばれた少年が怒鳴りながら指した指の先には手動カキ氷メーカー(ペンギン型)があった。

「今時あんなんで世界中の雪を降らそうってのがおかしいんだよ! 風屋だってだいぶ前に団扇から扇風機に替えたよ!」

「雨屋はまだジョウロを使ってなかったか?」

「雨屋だって来年からシャワーに替えるって言ってたぞ! なぁ、頼むよクラウドじいちゃん、もう少し効率のいいもの使ってくれよ! ここ数年ずっと初雪が遅いって、人間たちから苦情が出てるんだぞ!」

 老クラウドは雪のように真っ白な口ひげをポリポリ掻いて、はぁ、とため息をひとつついた。

「シャーリー、雪は雨や風と違って一年にほんの少しの期間しか降らんのじゃ。しかし、だからこそ、その時その時の雪に心をこめて丁寧に作りあげなければならん。人間が苦情を言ってきたからと言って雪の品質を下げるわけにはいかん。大事なのはその時にどれだけすばらしい雪を降らせるかなのじゃからな。そして、そのすばらしい雪は、自らの手で作るのが一番いいんじゃ。人工造雪機などもっての外じゃ」

「じゃあアンタが作ってくれよ」

「ほー、トキが赤ちゃんを産んだか。絶滅種にとっては、めでたいことじゃなぁ」

 老クラウドは食い入るように、新聞に顔をうずめた。

 このジジイ……。

「新聞を、読むなーー!」

 シャーリーはついに切れて、がむしゃらに薪を老クラウドに投げつけた。が、それはすべて避けられてしまい、遂には、手持ちの薪がなくなってしまった。

「なんじゃもう終いか? じゃあ、あきらめて雪作りに専念するんじゃな」

 肩を上下させ息を切らせているシャーリーとは裏腹に、老クラウドはカッカッカと小気味良く笑った。

 その時、木造の玄関ドアが開いて、隙間から色黒の男がひょっこりと顔を覗かせた。

「ようお二人さん、元気でやってるか」

「アレックス!」

 男の正体が分かると、シャーリーは顔を綻ばせて、アレックスと読んだ長身の人物に抱きついた。

「ひっさしぶり! 最近全然見ないからどうしたんだろうって思ってたんだよ!」

「ははは、シャーリーは相変わらずだな。じいさんもな」

 アレックスは老クラウドの方を見た。老クラウドは新聞から目を離さずに聞いた。彼はわずかに機嫌が悪そうに見えた。

「何か用か、アレックス。ワシが今の時期忙しいのは知ってるじゃろう」

「どっちかというと、あんたよりシャーリーの方が忙しそうに見えるんだけどな」

 アレックスはからかうように言った。

「そうだ、アレックスどうしたの? こんな時期にわざわざ訪ねてくるなんて」

 確かにクラウドじいさんの言ったとおりだ。いつもは俺たちの邪魔にならないよう春や秋に訪ねてきてくれるのに。

「ん? ああ。今日はお前に会いに来たんだ」

「俺に?」

「そう。お前が修行とかこつけて、じいさんに仕事を全部押し付けられてると思って、手伝いに来てやったんだ。俺は光屋だから春と夏以外は結構暇だからな。しかし、案の定、だったな」

 アレックスはもう一度老クラウドの方を向いた。

 アレックス……。

 シャーリーは感動のあまり目を潤ませた。

「ありがとー! アレックスー!」

 シャーリーはアレックスの胸に飛びついた。(本当は首に飛びつこうとしたが身長差がありすぎて出来なかった)

「ぐっ……シャーリー、俺はまだおじさんて年じゃないが、お前のような元気はないからな。もぅ少し力加減をしてくれるとありがたいんだが……」

「あ、ゴメン。でも、うれしくって」

 シャーリーはエヘヘと笑った。

 アレックスはシャーリーの方からカキ氷メーカーに視線を向けた。

「なんだ、お前のところはまだあれを使ってるのか。あれじゃあ、効率も悪いだろうに。シャーリーも大変だろう」

「そうなんだよ。さっきもそのことを話してたんだけど、ジジイのやつ雪は自分の手で作るのが一番って言って電動メーカーすら買ってくれないんだ」

 シャーリーは老クラウドの方を睨んだ。

 当の本人はまた新聞に顔をうずめていた。

「あの人は雪作りに誇りを持ってるからな。今更やり方を変えたくないんだろう」

 アレックスは苦笑いをした。

「じゃあ自分ですればいいのに……」

「ははは、確かにな。けど、そのために俺が来ただろう。さ、さっそく始めようぜ。もう〆切日は過ぎて……」

「いらん」

 アレックスが腕まくりしながら言った言葉は新聞に顔をうずめた老クラウドに遮られた。

 二人は驚いて老人の方を向いた。

「いらんって……なに言ってんだよ! アレックスはわざわざ手伝いに来てくれたんだぞ!」

 シャーリーは声を張り上げた。

「だから、その手伝いがいらんのじゃ。雪造りはワシとシャーリーでやる。お前は帰れ」

 シャーリーは老クラウドのアレックスに対する態度に腹が立った。シャーリーは老人に怒鳴り上げようとしたが、アレックスにふさがれた。

「じいさん、それは俺が雪屋じゃないからか? それとも、光屋が懐中電灯から照明に変えたからか? あんたは、製造の仕方には自分の所だろうと他の所だろうとこだわる人だからな」

「……どちらも、じゃ」

 老人はぼそぼそと言った。

 光屋とはいわゆる太陽のことで、太陽から光を放って地上を照らすことを生業としている。アレックスはそこの主人なのだ。

 老クラウドの言葉を聞いたアレックスは仕方ないといった顔で肩をすくめた。アレックスがやって来た時、不機嫌になったように見えたのもそのためだったのだ。

「悪い、シャーリー。そういうことだから、俺はお暇するわ。そういえば、地上で買出ししなきゃならなかったし。手伝えなくて悪いな」

 アレックスは片手を顔の前に持ってきて謝りながら出て行った。

 シャーリーはあまりのアレックスの行動の速さに呆然としていたが、ドアが閉められた音で我に返った。

「ちょ……ちょっとジジイ! なんてことしてくれんだよ! せっかくアレックスが手伝うって言ってくれたのに、帰らせるなんて! どうしてあんなこと言ったんだよ!」

「その理由なら、さっきあの男が説明していったじゃろう。ほれ、そんなところで無駄口たたいておらんと、さっさと手を動かさんか」

 その言葉でシャーリーは切れた。

「ふっざけんなよ、クソジジイ!! あんたの都合人に押し付けてばっかいんなよ! 座ってるだけで、何もしないモウロクジジイのくせに!! アレックスに謝れよ!」

 シャーリーは肩で息をしながら椅子に座っている老人が何か言ってくるのを待った。しかし、彼は一言も話す気配がなかった。

「……! もういいよ! あんたなんか知らない、雪造りなんて知るもんか!」

 シャーリーはバタンと大きな音を立てて先程アレックスが出て行ったドアから部屋を飛び出した。その振動で部屋全体が震えた。

 老人はため息をついた。

「まだまだ子供じゃな……」

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