ロージーの暗殺③

 気を失ったアイをリーンは、ゼファリーとラムレッダに任せると、自ら指揮を取りアイを襲った者達を追撃する。


 襲撃者達のほぼ半数は最初の戦闘で始末し、残りはしっかりと捕縛することが出来た。


 ロージーが放った刺客達は、アイの乗せた馬車の後方からやって来た事と、前方で待ち伏せしていた騎馬に任せるつもりであったことが幸いして、這う這うの体でロージーの待つ屋敷へと逃げ帰ることが出来た。


 知らせを聞いたロージーは悔しがる。それと同時に自分の企みだとバレずに済んだことに胸を撫で下ろした。


「お金はそこに置いてあるわ。それを持ってとっとと消えなさい」


 ロージーは失敗したことを責めることなく、取り敢えず自分の元から姿を消して欲しかった。手を貸してくれ、事前にアイを暗殺する為に、自分の部下を用意してくれた“あの方”の耳に届く前に。


 一人、また一人と金を手にしてロージーの部屋をあとにする。


「ほら、貴方もさっさと消えなさい!」


 唯一残った刺客に、ロージーは身振りで追い払う。


「へぇ、それでは……。あ、申し訳ない。一つお耳に入れておかない事が」


 鬱陶しそうな表情のまま一体何があるのかと、若干憤りながらロージーは残った刺客に近づいた。


「え……」


 唖然とした表情へとロージーは変わる。激痛が走った自分の胸を見ると短剣が突き刺さっている。


「実は始末しておけと言われてましてね。あ、あとついでに以前の暗殺未遂の罪も擦り付けろとね」


 刺客が短剣を抜き去ると、ロージーの胸から赤い飛沫が飛ぶ。床を真っ赤に染めていく血の海の上に、ロージーは倒れた。


 刺客は短剣を抜き去り、事前に用意しておいた遺書と表に書かれた手紙を置く。


 バレバレな不自然な自殺。そうそう自分で胸を刺す自殺などしない。

それでも、この刺客を忍ばせた“あの方”には、バレても良かった。


 元からの予定通りに計画が運んでいたのであった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 アイを待ち伏せしていた者達は、よく訓練されていた。捕まるや否や、すぐに毒を含んだのだ。


 血反吐を吐いて倒れていく襲撃者。しかし、リーンはその様子を眺めているだけで、止めることも助ける様子もない。


「死体の覆面を剥がせ」


 リーンの指示により、服毒した者達の顔が露になる。苦しみから歪んだ醜悪な顔。


「リーン様?」


 ゼファリーがラムレッダにアイを任せて戻ってくると忌々しいと鋭い目付きで死体を睨むリーンに首を傾げた。


「知っている者ですか?」

「いや、僕が知っているのは、この面子の中の一人だ」


 指を指し示したのは、もう少しでラムレッダごとアイを殺そうとした男。唯一、この者だけが肩にマントを着けていたので、覆面していてもゼファリーには見分けがついたのだ。


「誰なんです? こいつ」

「……暗殺を生業とする男。名前は知らないが、父ブルクファルト辺境伯直轄の部下だ」


 ゼファリーは思わず絶句してしまった。


 それほど衝撃であった。まさか自分の大事な二人の命を奪わんとする者が、よりにもよってリーンの父親。

ゼファリーは一瞬リーンも関わっているのだと疑いの目を向けたが、すぐにその疑いは晴れる。


 今にも人を殺しそうな、憎しみを込めた目を死体に向けていた。


「知ったいたのですか……? お父上がお嬢様を殺しそうとしていたこと……」

「元々この婚約に父は反対をしていた。中央との繋がりを強くしたいと願っていた父は、僕の相手にロージー……ラヴイッツ公爵嬢をと考えていた。それを僕がアイは利用出来るからと、説得して婚約に至った経緯がある」

「お嬢様を利用したのですか……?」

「否定はしない。初めに賊にアイを殺させようとしたのも、婚約の儀で腹を刺したのも父上の差し金だろう。だけど、これだけは信じてほしい。僕は常にアイの味方だ」


 ゼファリーは遠い目をするリーンの横顔に、一つの決意が見えた気がした。


「お父上と対立なさるおつもりで?」


 思いきって聞いてみたものの、リーンはそれに答えることはなく、今見聞きしたことを忘れてくれと、馬を返してアイの元へ向かっていってしまった。


「度々お嬢様に訪れる不幸。その度に、リーン様はお嬢様に寄り添っていた。今回のレヴィ様の件も、もしかして討つ気などないのでは……」


 ゼファリーはリーンの後ろ姿が少し淋しげに思えた。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 翌日、ラヴイッツ公爵領は慌ただしくなる。


 ロージーの死。しかも、遺書には度々アイリッシュ・スタンバーグを狙ったのは自分だという独白に、ラヴイッツ公爵は頭を悩ませていた。


 問題点は二つ。一つは、ロージーの死の不自然さ。胸を一突き。自殺というには、肋骨を避けて一発で刺すなど一介の公爵令嬢が出来るのかということ。

そして、辺境伯との対立。

アイを狙うということは、婚約状態とはいえ、後々辺境伯夫人になる可能性のある相手。只では済まなくなる。


 ラヴイッツ公爵には、娘を失った悲しみを抱く時間など与えられなかった。

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