戦争回避へ
「リーン……もしかしてブルクファルト家とスタンバーグ家が戦争なんてこと……ないわよね……」
スタンバーグ伯爵家がブルクファルト辺境伯家に対して告訴をしたという事実は、たとえ王国が関与しないことを明言したとしても変わらない。むしろ、王国が関与してくれた方が仲を取り持つという意味でスタンバーグ家にしたら良かったのかもしれなかった。
戦争となれば、あまりに兵力差がありすぎる。
ブルクファルト家は王国を帝国から防衛するために万を超える兵がいる。防衛から多少割くとしても数千は下らない。
一方、スタンバーグ家は貧乏な伯爵家。アイが知っている限り、どれだけかき集めても数百集まればいいところであった。
「ねぇ! 何か言ってよ、リーン!!」
黙ったまま動かないリーンに詰め寄るアイの肩を誰かが掴み、リーンから強引に引き離す。
「お、お義父様……」
アイを引き離したのは、厳しい表情を浮かべたブルクファルト辺境伯であった。
「リーン。どれくらいこちらに兵を寄越せば良い?」
「……千もあれば」
「お、お義父様……スタンバーグ家は、私の──」
ブルクファルト辺境伯は口出し無用と言わんばかりに、手を伸ばしてアイを近づけさせない。
「アイリッシュ。たしかに君はまだブルクファルト家の人間ではない。だからといって、スタンバーグ家の人間かと言えばそうでもない。既に家は出ているからな。そんな宙ぶらりんの君に両家のことに関して口出しすることは許されない!」
辺境伯は戦争を起こす気満々で、アイは絶望のあまり嘆き悲しむ。そんなアイを悲痛な表情で見ていたリーンであったが、アイを慰めようとはしなかった。
「さて、戻って準備をさせなければ。リーン、ゼロンも此方に寄越すか?」
「いえ。彼は父上の側に」
「わかった」
帰宅するべく椅子から立ち上がりリビングから出ようとする辺境伯の前にアイは立ち塞がると、そのまま床へと額を擦り付けた。
「お願いします! 必ず、私が弟を説得します! ですから、ですから少しだけ時間をください!! お願いします!」
「アイ……」
リーンがアイの側に寄り肩を掴んで抱き起こすと、辺境伯は一瞥をくべることなく、そのままリビングを去ろうとする。
「お願いします! お願いします! どうか、時間を!! 時間……を……」
アイを無視して辺境伯はリビングを去っていってしまった。力無げに肩を落としたアイはポロポロと涙を流しながら、今度はリーンの胸ぐらへ掴みかかった。
「ねぇ! どうして、リーンは何も言ってくれないの!? お願いよ、リーンからもお義父様に頼んでよおぉ!」
掃除をしていたメイド達は、心痛な面持ちでアイに目をやるものの、なるべく聞かないようにと目を逸らす。肩を震わせ、嗚咽しながら、アイはリーンへ懇願するが、無情にもリーンは、胸ぐらを掴まれているアイの指を一本一本外していき、そのまま書斎の方へと消えていった。
「どうして……お父様やお母様だけでなく、レヴィまで……。私に出来る事は何もない……うわああああーっ!!」
床に伏してアイは恥も外聞もなく、号泣するのであった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
丸一日が経過する。あれからアイは寝室にも自分の工房にも向かわず、ひたすら一睡もすることなく、リーンの書斎の扉を叩き続けた。
誰が声を掛けようとも、その場を動くことはなく、ただひたすら弟の助命を懇願しながら。
「参ったな……」
表にアイが居るものだから、リーンも書斎から出れず一睡もしておらず憔悴していた。しかし、それは決してアイが叩き続ける扉の音が五月蝿いというわけではなかった。
「くそっ……心が締め付けられる……」
胸を押さえて顔を歪ませるリーンは、苦しそうに身悶えていた。
「最初からわかっていたはずだ、こうなることは……。しかし、僕がこれほどまでアイのことを想っているとは……」
息苦しくなり、大きく深呼吸をして酸素を取り込む。
一目惚れをしたのは本当であった。しかし、それ以前に魔晶ランプの発明を聞きつけ、その物作りに興味を抱き、利用しようと辺境伯に婚約の提案したのも自分であった。
スタンバーグ家を調べて行くうちに、帝国の息がかかったバーリントン商会との繋がりが見え隠れしており、国王から直々に手を打つように密命も受けていた。
リーンの中で、アイを裏切り、スタンバーグ家を潰すことは決定事項であった。
「ごめん……アイ……。僕を一生許さないでくれ」
リーンは、鍵のかかった机の引き出しから一枚の手紙を取り出す。
そこには、蝋で封がされており、躊躇いなく開くと、手紙の頭には『命令書』と書かれていた。
不備がないか目を通したリーンは、手紙の最後に書かれたサインを確かめる。
『ラインベルト王家 ルベル』
国王直筆のサインであった。
ペンを手に取ったリーンは、国王直筆のサインの下に自らの名前を記入する。
国王直々のスタンバーグ伯爵領への侵攻の許可書に。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
リーンが一日ぶりに書斎から出てくるとアイは膝を床に付けたまま、リーンへとしがみつく。静かに目を瞑ったリーンは、目を真っ直ぐに見据え、アイを引き離した。
「あっ!」
思わず床に倒れるアイに目を向けずに、リーンは使用人を呼び寄せたあと、家を出ていってしまった。
アイはリーンの冷たさにショックを隠しきれなかった。
自惚れでも何でもなく、リーンは自分を愛してくれていると最近感じていた。ところが、今は自分に目もくれない。
偶々、その場を見ていたラムレッダがアイを抱き起こすが、茫然自失となる。
ラムレッダは、その時、戦争を回避出来ないことに嘆いているのだろうと思っていたのだが、アイ自身は自分でも驚くほど、リーンに冷たくされた事で頭が一杯になっていた。
その時、家の外が騒がしくなり、職人が邸宅に慌てて入ってきた。
職人は、アイを見つけると真っ直ぐに向かって来て報告する──ゼファリーが戻って来たとの一報であった。
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