告訴状

 アイはスタンバーグ家から使者がやって来たと一報を聞いて、泣き腫らした顔を拭き、出迎えに出る。しかし、やって来たのは使者ではなく、アイの見知った人物ばかりの一団であった。


「ラム!」


 一団の代表として対応していたラムレッダと強く抱きしめ合う。


「アイ様……話はきいております。さぞ、お辛いでしょうに」


 ラムレッダに労われると、アイは気持ちがこみ上げてきて泣き出してしまう。その場にいる誰もが、少し遅れてやって来たリーンも、アイが泣き止むのを待つ。

一団の中には、たまらず貰い泣きするものまで現れた。


「大丈夫ですか? アイ様?」


 アイはラムレッダと抱き合いながら泣き止むと、ラムレッダと一緒に来た一団を見て顔を真っ赤にする。我も忘れて彼らのことをすっかり忘れていたようであった。


「そ、そう言えば、み、皆も一体どうしてここに?」


 ラムレッダが連れてきた一団は、スタンバーグ家で働く職人とその家族。全員見知った顔ばかりであった。


「へぇ、実は……」


 職人達から事情を知ったアイは目を丸くする。全員、クビになったと言うのだ。


「レヴィは何を考えているの!?」


 アイは怒りを露にする。職人達が居なくなれば、スタンバーグ家の財政は大きく傾くのは明らかであった。魔晶ランプの作り方を知っているのは、ここにいる職人、そして開発者であるアイのみである。


「アイ様、それだけじゃないんです。ゼファリーも解雇されて……」

「はあぁ!?」


 アイは呆れてしまい、頭を抱える。


「その話、実は僕も知っている。前に手紙が来てね」

「えっ! どうしてリーンに!? 私じゃなく!?」

「前々から少しやり取りをしていてね。ほら、例の商会について。アイには内緒にしていたのは、ゼファリーの意向でね。アイには心配かけたくないそうだ」

「そんな……水臭い……! そう言えばゼファーは? ラムレッダ。一緒じゃないの!?」

「あの人は、私たちを逃がしたあと、用があるからと戻ったの。それからは……」


 アイはひとまず疲れの見える一団を休ませようと邸宅へと案内する。食事などはこちらで用意出来るが、休ませる場所がない。一階のエントランスも考えたが雑魚寝となると疲れは取れないだろうと諦めた。

 かといって、自分を慕ってここまでやって来たのだ。

 アイは邸宅で働く従業員を全員集めて、しばらくは相部屋にしてほしいと頭を下げた。


 従業員達は快く引く受け、アイは工房の隣に寮を作ることを約束して職人達の問題は片付く。

 しかし、本題はレヴィ、そして殺されたアイの両親についてラムレッダから最近のスタンバーグ領の様子を伺う。


 それはそれは酷い有り様であった。


 職人、ゼファリーの解雇に収まらず、新たな魔晶の採掘に無理矢理領民を駆り出す始末。領内からは不満も出ていた。


「それで、職人達もサビーヌ様の命で……」

「サビーヌが!? レヴィじゃないの?」


 ラムレッダと職人達からの情報、そしてリーンがゼファリーからの手紙で今のスタンバーグ領の状況の一部が明らかになる。


 現在スタンバーグ家はサビーヌを中心に行われており、人事も大きく変化したという。

 特にバーリントン商会について調べていたゼファリーは、他の誰よりもいち早くクビになっていた。

 領地は更に無断で売られ、時折見知らぬ人らがスタンバーグ家を訪れていると。


「あの子は何を考えているのかしら? いえ、それよりも、よ。何故お父様達の遺体を引き取りに来ないの?」


 何かを知っていると思われるゼファリーの行方をラムレッダに訪ねる。するとゼファリーはクビになる以前から、ラムレッダを此方へ避難させるつもりだったというではないか。


「あの人から離れるのは考えられませんでした。ですが、今回はアイ様が悲しんでおられるはずだからと言われて……」

「! ちょっと待った! それだと日数的にゼファリーがアイの両親が死んだのを僕らより前に知っていることになるぞ!」

「はい。その辺のことも聞かされています」


 ラムレッダによると、アイの両親がアイの元へ訪れるために出発した直後、ゼファリーはレヴィに頼まれた新たな魔晶石の採掘という仕事に向かわず、バーリントン商会を見張っていたのだと言う。


 すると、バーリントン商会から複数の男達が馬に乗り出掛けたのだが、妙に殺気だっており気になって後をつけた。


 ラヴイッツ公爵領までつけていたゼファリーであったが、相手の目的がわからないため先読みが出来ずに見失う。観光を含めてアイの両親が同じ場所に滞在しているのをゼファリーが知ったのは、アイの両親が出発した直後であった。


 まさかと思ったゼファリーは、急いでアイの両親の後を追った。しかし、一歩間に合わず、襲われた直後で、ゼファリーは苦渋の決断を迫られる。


 このままアイやリーンの元へ行くか、それともラムレッダを連れ出すか。


 ゼファリーは後者を選択した。


「大丈夫よ、ラムレッダ。ゼファーがラムレッダを選んでいなかったら、私がぶっ飛ばしているから」


 少しラムレッダの表情が曇ったのを見逃さなかったアイは、わざとらしく殴る仕草をしてみせる。


「ありがとうございます、アイ様。それで、続きですが、ゼファリーは私と工房の皆を連れて一旦スタンバーグ領の境まで来たのてすが、『やり残したことがある』と言ってゼファリーだけ戻ったのです」


 アイはゼファリーの行方も心配であったが、何より弟レヴィの行動に疑問が残り考えに耽る。話を同じく聞いていたリーンに助けを求めるように視線を送ると、リーンは小さく頷くのみ。


 それはアイが浮かんだ疑問を肯定するということ。


 レヴィとバーリントン商会は繋がっている。つまりはレヴィは自分の両親を殺したという疑問に。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 それから数日が経過する。一向に来ない弟からの使者に苛立ちを解消するかのようにアイは、自分を慕って来てくれた職人達のために、寮を建設するのに夢中になっていた。


 既に職人達はアイに雇われ、ナホホ村の職人達と手を取り自分達の寮の建設に取り組んでおり、その中にはアイに助けられたあの元奴隷の兄妹もいる。


「アイ! ちょっと来てくれぇ!!」


 リーンが邸宅の正面玄関から呼び掛ける。


「ロイ、レナ! ここはちょっと任せるわね」


 元奴隷であった兄ロイと妹のレナに現場を任せてアイは邸宅へと戻っていく。


「どうかしたの、リーン?」

「やっぱりというか、不味いことになった。兎に角、父上のいるリビングへ」


 リーン達の事が気になり未だに滞在していたブルクファルト辺境伯。彼と共にリーンとアイはリビングの椅子に座ると、リーンは二枚の紙切れを並べて置いた。


「見ていい?」


 リーンが頷いたのを確認すると、アイは紙切れを手に取り、目を大きく見開いた。


 一つは、スタンバーグ家からブルクファルト家への告訴状。アイの両親が死んだのはブルクファルト家のせいだと王国へ訴えたもの。これはあり得るとアイも思っていた。

 問題は、もう一つ。紙切れには不可侵命令書と書かれてあり、中身を見たアイは気を失いそうに眩暈が起こる。


 不可侵命令書。それは、王国はこの件に関して一切関知しないというもの。話し合いで済めばよいが、弟レヴィは未だに此方へ使者を寄越さない。

 明らかに格上の家柄である辺境伯に喧嘩を売った形なのである。最悪、辺境伯と伯爵との間で武力による解決もあり得るということであった。

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