三章 変態紳士の裏切り

狂い始めた歯車

 朝、リーンが目を覚ますとアイと視線が合い、どちらかともなく唇を重ね互いに背中へ腕を回した。


 昨夜、リーンが未成年ということもあり体の交わりは無かったが何度も唇を重ね合う。もう、回数など覚えておらず、惜しむように唇を離すとお互いに笑い合う。


「ふふ、おはよう、リーン」

「おはよう、アイ」


 いつまでもベッドの中でこうしていたかったが、あまり遅いとリムルが起こしにやって来て邪魔されかねない。

 リーンはベッドの天蓋から垂れ下がる薄手のカーテンから先に出て着替え始める。ベッドの上でシーツにくるまり座っていたアイは自然とリーンの姿を目で追う。


 タイミング良く扉がノックされ、リーンが許可するとリムルが「失礼します」と入ってくる。今度はアイがベッドから出てくると、リーンはリムルと入れ違いに寝室を出ていく。


「アイ様?」


 ぼーっとしたまま、出ていくリーンを見送ったアイは、扉が閉まるとポッカリと心に穴が空いた気分になり寂しさを感じていた。


 普段より急いで身支度を整えると、リムルを寝室に置いて先に出て行きリーンの後を追いかけた。


「早かったね」

「う、うん」


 リビングに入るところでリーンに追い付いたアイは、ホッと胸を撫で下ろすと笑顔を見せた。


(……なんだろう、この気持ち。リーンが側に居ないと落ち着かなくなる)


 時折見せる年不相応の男性としての逞しさと、年相応の子供らしい寝顔とのギャップに、アイは心を揺り動かされていることに、少しずつではあるが自覚が芽生え始めていた。


 その一方で、リーンも同じであった。


 少年のように物作りに没頭する姿を見せる一方で、大人の女性として魅了する甘い匂いや、少女のような可憐な笑顔に、リーンはますますアイに惹かれて行く。

 ただ、こちらは自覚はあるものの、自ら押さえていた。


 この日を境に二人の関係は変わっていく。


 アイが物を作ったり、リーンが仕事で居ない時などは別であるが、邸内でよく二人が寄り添う姿が見られるようになる。

 邸内で働いているメイドや他の従業員も、そんな二人を見て、婚約者同士というより夫婦と変わらないと、暖かい目で見守り、夫婦として対応し始めた。


 以前はアイ様、リーン様と呼んでいた従業員が急に奥様、旦那様と呼ぶようになるが、アイやリーンが咎めることはなく、何も言わずに自然と受け入れていた。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 そんなある日、一通の手紙がアイに届く。


「奥様、お手紙が届きました」

「わかったわ、リムル。皆さん、すいませんが少し席を外します」

「奥様、あとは任せてくだせぇ」


 相変わらず頭にタオルを巻いて職人と共に物作りに没頭していたアイは、タオルを取りリムルから手紙を受け取ると工房内の自室へと一人入っていく。


「差出人は……お父様?」


 封を切り、中身を見たアイは思わず微笑む。近々、母親と二人してこちらに来ると書かれてあった。


 アイは急いで邸宅へと戻ると、リーンの書斎へ向かう。ノックしてリーンの返事が返って来るのと同時に扉を開きアイは、座椅子に座っていたリーンの背後から抱きつく。


「リーン、お父様とお母様が近々こちらに来るそうよ」

「そうなのかい? それなら盛大にお迎えしないと」


 気分の良くなったアイは「リーン……」と耳元で囁き、そっと目を瞑る。ここ数日でアイはリーンに甘える事を覚え、書斎に二人きりだとキスをせがむ。


「こほん……」


 わざとらしい咳払いで、アイは目を開けるとリーンの側に立つゼロンが。


「居たの?」

「居ましたよ、ずっと」


 甘える事を覚えたてのアイは恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして出ていくと、リーンは恨むようにゼロンを睨み付ける。


「ったく、もう少し気を利かせてくれよ」

「今はその時ではないかと思いまして」


 リーンはゼロンの言葉に肯定して「そうだったな」と呟くと、机の引き出しから一通の手紙を取り出す。


 封筒の裏に書かれた差出人の名はゼファリー。


 アイの友人であり最も信頼出来る男からの手紙をリーンはアイから隠すように書斎の本棚にある一冊の本の間に挟んだ。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 リーンにゼファリーから手紙が届く数日前……スタンバーグ領ではちょっとした改革が行われていた。


「レヴィ様!! 何故、俺が外されるのですか!!」


 ゼファリーは現スタンバーグ領の当主でありアイの弟であるレヴィの机を叩いて憤る。この日の前日、急にスタンバーグ領内の経営からの異動が命じられた。話を聞き、翌日、早朝にも関わらずゼファリーはレヴィの元を訪れ直談判をしに来ていた。


「お、落ち着けって。その……なんだ、ほら、私も当主に就いて大分経つ。姉さんも言っていたようにこのスタンバーグ伯爵家を隆盛させねばならないだろ? だからその為には私自身も経営に携わらなければって思ってな」

「それは俺が居ても出来るでしょう! それと、最近、不明な出費が多すぎます。スタンバーグ家を繁栄させるなら、まずはその点とあとサビーヌ様の貴金属購入です! 少しは減らすようにレヴィ様からおっしゃってくれたのですか?」


 以前から不明な出入金が多くあったが、最近では隠そうという気配が無くなり、そこへ来てゼファリーの異動話である。どうせ異動させられるならばと、ゼファリーはレヴィに対して問い詰める。


「そ、それはだな。その……サビーヌが社交界で必要だからと……」

「多少は俺も目を瞑ります。むしろ以前はお嬢様が全く使わない人だったので。ですが、それでも多すぎです。魔晶ランプの材料である魔晶石が枯渇しつつある中でです」

「わ、わかった、わかった。その件も経営も私が何とかする。ゼファリーには他に頼みたい事があるのだ。さっきゼファリーも言っていたが、魔晶石が枯渇しつつあり、このままでは姉さんが建て直したスタンバーグ家も再び傾きかねないからな。だから、ゼファリーには新しい鉱山の発掘をだな……」

「はああぁ? あのですね、レヴィ様。簡単に鉱山の発掘とおっしゃいましたが、それこそ莫大なお金がかかるのですよ!?」


 しかしレヴィからは頼むの一点張りで、経営を引き継ぐにしても、あとからでいいと突っぱねられてしまう。

レヴィの書斎を出たゼファリーは、頭を抱えてしまった。


(くそっ、このままではお嬢様に顔向けが……どうする、お嬢様に連絡をするべきか? いや、取り敢えずはリーン様へ俺が調べた事を報告しておくか……)


 直後、ゼファリーはリーンへ手紙を書き、すぐに送った。それと同時期に、アイの両親もアイに宛てて手紙を送っていた。


 それから数日が経ち、手紙がリーンやアイに届いた頃、アイの両親は数人の共を連れてスタンバーグ領を出発しようとしていた。

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