看病

 リーンはアイの看病に付き添うことにした。


 少し前に訪れたアイの両親と共に医者から手術時の様子と今後の経過を聞かされる。


 この世界での麻酔は薬草を用いた物が確立されていた。


 しかし、それは所謂大麻や阿片と言った中毒性の強い物であり、大量摂取は好まれない。

それ故に効果が弱く、暴れないように大の大人が五人がかりで押さえつけ行われていた。


 刺された箇所を一度大きく切開し、腸を縫合したと聞き、血塗られた床や、取り替えられる前のベッドシーツを見るだけで凄惨な手術だったということ予想するのは容易かった。


 手術自体は成功したものの、感染症の恐れもあり、予断は許されない状況であると言われて、リーンとラムレッダの二人交代で、うなされるアイを看病することに。


「その、リーン様。申し訳ありません、娘がこんなことに……」

「何を仰っているのですか、スタンバーグ伯爵! 悪いのは刺した奴であって、アイではありません。それにアイはもう、僕の婚約者です」


 バーナッドが頭を下げるのを制止して、リーンはアイの額の汗を拭う。自分の娘を愛おしそうに見つめるリーンの横顔に両親も安心して、二人は帰宅することに決めた。


「ゼファー、君はどうするね」

「俺はもう一日残ります。万一のことがありますので。旦那様達は、レヴィ様を安心させてやってください」

「わかった。娘の事、頼むぞ」


 ゼファーの「はい」と返事を聞いたアイの両親は一足先に馬車に乗りスタンバーグ領へと戻っていった。


 再びアイの居る部屋へ戻ったゼファーは、リーンが未だに晩餐会時の服装であることに気付き、着替えて来るように伝えると、リーンは後ろ髪が惹かれながらも部屋を出て行くのであった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 着替え終えて戻ってきたリーンは、ラムレッダと看病を交代する。ラムレッダも一度部屋を出ていき、再び戻ってきた時にティーセットを運び込む。


 アイのすぐ横で見守るリーンにお茶を淹れ差し出したあと、自分もリーンの背後の椅子に座り二人の様子を見ながら、カップに口を付けた。


「確か、ラムレッダ……だったか?」

「えっ、あ、はい」


 不意に背を向けたまま声をかけられ、ラムレッダは茶が器官に入ったのか小さく咳払いをして、カップを皿に戻す。


「君はアイの親友だそうだが……その、昔の話とかしてくれないか?」

「昔? 出会った頃のですか?」

「そうだよ。僕はアイの昔を知らないから」


 ラムレッダは喉を潤すようにカップの中に残ったお茶をクッと飲み干すと、ポツリ、ポツリと語り出した。


「私がアイ様と出会ったのは、そうですね、丁度今のリーン様と同じ年頃でした。私の祖父に連れられて初めてスタンバーグ家にお伺いした時、私は自分と同じ年頃の女の子かいると聞いていて楽しみにしておりました」



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 ──今から遡ること、十八年前。


 スタンバーグ領の最南端にラムレッダ・スカーレットの実家であるスカーレット子爵邸は建てられていた。


 ラムレッダの祖父であるスカーレット子爵とアイの父親であるバーナッドは気心の知れた仲で、首都を追われ家を失った子爵をバーナッドが面倒を見ており、領地内に邸宅を建てることを許可した経緯があった。


 そして、この日。失礼があってはならないと、礼節を一通り学び終えたラムレッダを初めて連れてスカーレット子爵は、スタンバーグ邸へと向かっていた。


「お爺様、アイ様ってどんな方ですか?」


 馬車の中で二人きりにも関わらず、ラムレッダは子爵の膝の上に座りながら、その愛らしい垂れがちな目を向けてきた。


「アイリッシュ様だよ、ラムレッダ。確かに皆はアイ様と呼ぶが初めてお会いするのだ。失礼のないようにな」

「はぁーい」


 ラムレッダは大好きな祖父に咎められ、ピンク色の頬を膨らませる。


「アイ様がどんな方か……。そうだな、一言で言えば変わっている方だ。やんちゃ……とは少し違うな。奔放と言った方がしっくりくる感じだ」

「お爺様ぁ? それ、褒めているの?」


 先ほどラムレッダに失礼があってはいけないと注意したところだ。子爵は、鼻の下の真っ白なハの字になった髭を弄りながら、一本取られたとラムレッダの頭を撫でてやった。


 嬉しそうに目を細めるラムレッダは、まだ見ぬ親友の姿を想像しながら馬車の車窓から流れる景色を眺めていた。


 スタンバーグ領はそれほど広い土地ではない。南は山々に塞がれており、魔晶石が採掘出来る分、その山々を含めての領地である。

ラムレッダの乗せた馬車は、凡そ丸一日走らせスタンバーグ邸へと到着した。


「よく来てくれた、スカーレット殿」

「よしてくだされ。ワシは子爵、バーナッド殿は伯爵。何処で誰が聞いてるやも知れぬ。昔みたいにスカーレットか、バイアスでお願いしたい」


 バーナッドとラムレッダの祖父バイアスは、固く握手を交わして互いに破顔する。


「はっはっは。わかった、わかった。ではバイアス。その子がラムレッダだな?」

「ラムレッダ・スカーレットです。スタンバーグ伯爵、御目にかかれて光栄で御座います」


 ラムレッダは、フリルの付いたワンピースのスカートの端をちょこんと摘まみ頭を下げて挨拶を立派にこなす。バイアスはラムレッダが練習通りに出来ていると一人納得してウンウンと頷いていた。


「ははは、これはもう立派なレディーですな。ははは……はは、はぁぁ……うちは何処で間違えたのだろう」


 ガックリと肩を落とすバーナッドを小首を傾げて見ていたラムレッダは、自分と同じ年頃の女の子は何処にいるのか尋ねてみた。


「ああ、アイね。娘なら、ほら、彼処の小屋があるだろう。どうぞ、行っておいで」

「ありがとうございます。伯爵様」


 ラムレッダは再び頭を下げて、スカートを引きずらないように持ち上げ駆け出した。


 丸太小屋、その中からはカーーン、カーーンと耳を思わず塞ぎたくなる高音か漏れている。

ラムレッダは、こっそりと「失礼します」と扉を開くと、木槌で何かを叩いている自分とそう背丈の変わらない子供が、背中を向けて座っていた。


「あの……」


 声をかけるも見向きもしない。どうしようかと困り果てたラムレッダは突っ立っていた。


 それから何度も声をかけて見るが振り向きもしないアイに、ラムレッダが諦めかけた、その時──十歳の女の子であるはずのアイが立ち上がると、「うーん」とがらがら声で年寄り臭く言いながら腰を伸ばす。


「えっ!? だ、誰?」


 腰を後ろにグーっと曲げると逆さまに映るラムレッダにようやく気づいたアイは、腰を曲げたまま固まっていた。

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