晩餐会
「あのゼファーっていう男と仲がいいね」
ルベル王を内密に見送ったあと、ゼファーが立ち去りリーンと二人きりになると不貞腐れた顔をしたまま背けた。
「何を言っているのよ。ゼファーは、私の親友の伴侶よ? そんなこと──あっ、はっはーん。そう言うことね。リーン、妬いているんだぁ」
「別に妬いてなんかいない!」
普段は落ち着いて歩くリーンが、足音を大きくして廊下を進む。後ろからついていくアイは、やっぱり子供っぽいところがあるなと、少しだけ溜飲が下がった。
リーンが途中、急に足を止めると振り返りアイに向かって「いいかい、この晩餐パーティーが終わったら、アイは正式に僕の婚約者なんだ。いいね!? わかった?」と、捲し立てたあと再び先へ進むが後ろ姿からでも耳が真っ赤になっているのがわかり、クスりとアイは微笑む。
「アイ」
「うん?」
また足を止めたリーンは、今度は振り返らず「やっぱり何でもない!」と、自分の部屋へと入っていってしまった。
「なんなのよ、もう」
と、リーンの様子が気になるのか、煮え切らない表情でアイも隣の自室へと戻った。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
リーンは、自室へ入り鍵を閉めると夕暮れ時の赤く染まる空を窓から眺めていた。
「……不味いな。僕は何を言おうとしたのだ、今」
リーンはそのままベッドに座ると頭を抱えて下を向いていた。
「ごめんよ、アイ……。貴族や王族の口約束というのは
リーンは、ベッドの横に置かれた鍵付きのキャビネットの引き出しを開くと、中に入っていた紙の束を取り出す。
鍵はリーンしか持っておらず、紙の束は完全に極秘資料のようであった。
“反乱分子”とタイトルが書かれた紙の束を捲っていき目を通していたリーンは、その手を止めた。
そこにはスタンバーグ家の名前が書かれてあり、リーンはペンでスタンバーグ家にチェックを入れて再びしまうのであった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
リーンが思い悩んでいることなど露知らず、アイは晩餐パーティー用のドレスへ着替えていた。
姿見で自分の姿を確認しながら、アイは内心で「これ、完全に喪服だわ」と苦笑いを浮かべている。
最初の御披露目なのでシックに行こうと思い選んだのだが、やはりパーティー用のドレスとはいえ、黒色。ドレスだけならまだしもこれに黒のベールを合わせたものだから、完全に洋風の喪服に見えたのだった。
「黒は素敵ですよ。神様への忠誠心の証の色なのです」と、ラムレッダに言われたが、ベール作りで試行錯誤で疲れ果てていたアイは頭が回っておらずろくな思考が出来ていなかった。
アイは今さら仕方ないかと、リーンを呼びに行こうとするがドアノブに手をかけた時点で、ふと思い出す。
「そうだわ、ロージーに頂いたクッキーを──あれ? 無いわ?」
折角だからリーンと食べようとしたアイであったが、テーブルの上にはクッキーなど跡形もなかった。
「おかしいわね? あとでリムルに聞いてみますか」
特に深く考えることなく、アイは自分の部屋を出るのであった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
「大丈夫? リーン。何か顔色悪いわよ」
薄暗い会場の裏手で紹介を待つアイは、隣のリーンの顔が蒼白なのに気づく。
「大丈夫、大丈夫」
リーンはアイに無垢な笑顔を見せつけるが、アイはリーンが緊張でもしているかなと思い、一度自分の後頭部に触れると、その手でリーンの手を繋ぐ。
声高らかに、ブルクファルト辺境伯夫人が二人を紹介する。その声は裏手にいたアイ達にも届いた。
「それでは皆様お待ちかねの主役の登場です」
幕が開くと二人は手を繋いだまま、二階の回廊にいる夫人の隣に移動して招待客を眺める。
アイにとっては知らない顔ばかり。社交界にでも出ていれば知り合いの一人でもいそうなものだが、アイにとっては見ず知らずの人に祝われているようで、居心地が悪かった。
「それでは挨拶に伺うので、皆様はご歓談をお楽しみください」
夫人の挨拶が終わり、アイとリーンは階段を並んで降りていく。挨拶に伺うとは言ったものの、実際は向こうからやってくる。リーンは大人相手に堂々としたものであるが、アイはというとポツンと一人残されていた。
社交性の無さが伺え知れ、誰一人寄ろうとはしない。
「あ、あのおめでとうございます」
ようやく一人に声をかけられるが「ありがとう」としか言えず、変な間が出来てしまう。まだ年端のいかない少女。恐らく社交界もこれからデビューするのであろうと思われた。
つまり、アイは体のいい練習相手ということだ。
少女相手に四苦八苦しているアイを二人の男性が壁にもたれかかりぶどう酒片手にニヤニヤと笑みを浮かべるのが見えた。
(げっ!? ゼファーとゼロン!? 何、仲良くしているのよ!)
嫌なヤツに見られたと、アイは眉間を押さえつつ天井を見上げるのであった。
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