婚約の儀の手順
ブルクファルト邸へと到着したアイとリーンは、馬車を降りるとすぐに辺境伯夫妻へと挨拶に向かった。
「アイリッシュ・スタンバーグ、ただいま到着しましたわ。ブルクファルト辺境伯様、辺境伯夫人」
アイはスカートの裾をたくし上げ、頭を垂れて辺境伯夫妻へ挨拶をすると、夫妻はアイの側へとやって来て頭を上げさせた。
「賊に拐われたと聞きました。怪我はないのですか?」
「あ、はい。リーンが……いえ、リーン様に間一髪のところで助けて頂きましたので」
夫人は同性故か、自分に身を置き換えたのか、優しくアイを抱きしめる。それに比べて隣に立っていたリーンは、辺境伯から頭上へ拳骨が落とされた。
「全く、お前らしくもない。ゼロンから話は聞いたぞ。お前の軽率な行動で迎えが遅れたそうじゃないか。結果助けれたから良かったものの」
「イテテテ……弁解の余地もないです。父上」
「全くだ! それと、アイリッシュくん。我々のことは両親だと思ってくれていい。辺境伯様は、やめてくれ」
「えぇ……と、それでは“お義父様”“お義母様”でよろしいのでしょうか」
辺境伯も夫人も満足気に笑みを浮かべる。旅の疲れが残っているだろうと、リーンを残しアイを部屋へと案内させた。
アイが案内された部屋はリーンの部屋の隣と別室であった。壁は主にアイと髪色と同じピンク色で塗装されており、ベッドには真っ白いシルク生地のカーテンが天蓋から覆われていた。
居慣れない部屋にそわそわとして落ち着かなず、ベッドに座ったり窓からの景色を眺めたりと歩き回る。扉がノックされて返事を返すと、ゾロゾロと使用人が荷物を持って入ってきた。
「アイリッシュ様」
次々積まれる荷物を見ていたアイは呼ばれて振り向くと、そこには小柄な女の子が立っていた。頭には他のメイドと同じく皺を寄せたような白いキャップを被っているので、彼女がすぐにメイドだと一目でわかる。
ドングリのように丸っこい眼、黒目が大きく、小柄なせいか栗鼠のように愛らしい。薄茶色の髪はアップにしてメイドキャップの中に隠しているのだと思われた。
「どうかしたの?」
「あの、わたし、リムルって言います! あの、今日からアイリッシュ様付きの侍女に任命されたのですが、その右も左もわからなくて……ごめんなさい!!」
「そう、リムルね。でも、いきなり謝られても……そうだわ! 私のことは、アイでいいわよ。それにしても、その服装メイド服よね? 他の侍女はヘッドドレスを被っているし……」
「あ、あの、その急に決まったので、まだ支給されていないのです。その、アイ……様」
たどたどしいリムルに、アイは何か思い付いたらしく、積み重ねられた荷物を自ら開きにかかった。
「確か、この辺に私が小さい時に使った……あった、あった」
「リムル」とアイは呼び腕を取ると、ベッドに連れて登ると天蓋のカーテンを閉める。
「あ、あの……アイ様のベッドに上がるなど……」
「いいから、いいから。ほら、これに着替えて」
男女問わず使用人が部屋を行き来している中、カーテンのシルエットにはアイとリムルがキャッキャッと騒ぎながら、着替えを行っていた。
「やっぱり、これが落ち着くわ。ほら、リムル、お揃いよ」
アイとリムルがベッドから出てくると、使用人達はアイとリムルの姿を見て作業する手が思わず止まってしまう。
うーん、と背伸びをしながらアイとリムルは、あずき色のツナギの作業着姿へと変貌していた。
アイが特注で作らせたもの。リムルが着ているのはアイが幼い頃に来ていたものであった。
「はぁ~、これで落ち着く」
アイはソファーへと凭れて、一息吐いていると、部屋の前を通ったリーンが開きっ放しの扉からアイの姿を見て笑いながら入ってきた。
「ははははは、なんだい、その格好は!? はは、いいね、僕も今度作らせてみるかな」
「あら、リーンは駄目よ。これ、元々作業着ですもの。リーンには似合わないわ。それで、何か用?」
「それは残念。僕もアイとお揃いが良かったのに。そうそう、今日はもう休んでいいけど、明日から婚約の儀の予行が始まるからね。あとで手順が伝えられるはずだよ」
「えっと、キスの件だけど、何とかならないかしら」
「駄目だよ。大衆の視線に晒されながら僕とアイがキスをする。想像するだけでゾクゾクするよ」
リーンは高笑いしながら部屋を出ていく。残されたアイは、リーンが自分とのキスでゾクゾクするのか、それとも大衆に晒されることを思いゾクゾクするのか、頭を悩ませるのだった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
就寝前に使いの者がやって来て、アイに婚約の儀の手順が書かれた紙を渡される。
まずは、両家の前で誓いを立ててキス、その後街を二人並んで闊歩していき、大広場にて大衆に囲まれながらキス、最後は晩餐パーティーで登場時にキスと書かれていた。
「三回なんて聞いてない……」
紙を受け取った瞬間、リーンの部屋へ行き「一回じゃないの!?」と詰め寄るも「誰も一回とは言ってないよ」とあっさり返され、すごすごと部屋へと戻るしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます