騒乱の予兆

 スタンバーグ領を北へ進み、ラヴイッツ公爵領を抜けアイとリーンを乗せた馬車が入ったのは、旧ザッツバード侯爵領。街道を進み、街が見えてくる。この街を通り過ぎれば、目的地であるブルクファルト辺境伯領までもうすぐである。


「あの旗……」

「ああ、あれはうちのやつだよ。ここ元ザッツバード侯爵領は今、うちの傘下にあるからね」


 街の入り口に堂々と靡く大きな旗。そこには、ここラインベルト王国へ近隣諸国から陸路で進むことが出来る半島を守る盾を示す紋章が施されていた。


「リーン、貴方が関わっているって聞いたのだけど、本当なのかしら?」

「本当だよ。僕らブルクファルト家には外から外敵を守る役目と、内からの内乱分子を征伐する役目を担っているからね。ザッツバード侯爵本人は処断されたけど、その家族は残っている。ブルクファルト家は、後見人としているのさ」


 ゼファーやジェシカから聞いた話と合致はする。しかし、アイが本当に聞きたいことは、これではなかった。


「ええ、それも知りたかったことではあるけど、私が知りたいのは、貴方のことよ。内乱を治めるのに貴方が関わったって聞いたから」

「それも本当。詳しくは機密だから教えられないけど、侯爵は帝国と手を結んでいたのでね。僕らブルクファルト家を外に目を向けさせている間に……って、目論んだみたいだけど、甘い、甘い。情報はバッチリ掴んでいたのさ。あとは侯爵を誘いだして、一網打尽。簡単なことだよ」


 肝心なことは聞き出せなかったものの、侯爵の手を把握しているところから、リーンが関わっているという事実にアイは驚愕していた。

内乱が起こったのは三年前。リーンは当時八歳ということに。


(頭は回る方だとは、思っていたけれど……。どうしよう、不安になってきた。リーンにはいつも振り回されるし、私にリーンの性格を変えることなんて出来るのかしら)


 アイは馬車の外の景色を眺めながら、揺れて当たる硬い椅子にお尻の位置を変えるのであった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 一方、その頃スタンバーグ家では慌ただしくなっていた。アイの馬車が襲われたと聞き、アイの父母の出発の日を早めた為であった。


 アイの弟であるレヴィ主導の元、準備が進められていたが、そこに片腕であるゼファーの姿はなく、ゼファーは執務室にて自分の仕事をこなしていた。


(なんだ、これは……?)


 ゼファーは、いつも変化しない表情を珍しく歪ませ頭を抱えていた。経理をしていると、妙な金額が出てきたのだ。


 切っ掛けは装飾などの購入費である。異様に高い。アイは殆んど身の回りのものを気にしない性格であり、アイの母親も自らというより花を彩る方に力を置いていた。


 故に装飾費など、それほど気にならない程度であったが、アイが出発してから僅か三日近くで倍以上になっていた。


 もちろん婚約の儀が近い為、アイの母親が……とも考えたが、それにしては収支がピッタリ合うのはおかしかった。購入した金は何処から出ているのか、それが最初見えなかったのだ。


(これは、スタンバーグ家にとって不味いぞ……。誰が旧坑道を売ったのだ? いや、それよりも問題は……)


 スタンバーグ家にとっての生命線である魔晶ランプ。その原料である魔晶石が採れる坑道が誰かに売られていた。しかし、旧というように、もう既に採り尽くしており、価値のない場所である。


(領地を与えるといっても大元は国のもの、それを勝手に売ったなど知れれば伯爵家の危機だ!!)


 何とかしなくてはと思慮するも、アイの弟であるレヴィには相談しにくい案件であった。土地を売り買われたのが装飾品であるが故に。


「くそ、時間がない。ラムレッダを連れて俺も辺境伯領に向かわなければ」


 婚約の儀が始まる前に、アイに会えることを願いゼファーは執務室から出ていくのであった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 アイは、ザッツバード領のナホホ村という小さな田舎街に滞在していた。

小さな村ではあるものの宿はあり、人も村にしては多く出歩いていた。


 宿は当然アイの提案により、リーンと部屋は別々にしてもらう。村では一番高い建物である宿の最上階。隣はリーンの部屋だ。


 窓からは村を一望出来、郊外にある湖までもよく見えていた。


「綺麗な湖……とてもよく澄んでいるのがここからでもわかるわ」

「そうだろう? 彼処は避暑地になっていて湖で泳ぐことも出来るよ。いつかアイと行ってみたいね」

「そうね……水着ないけど……って、リーン!? 貴方どうして私の部屋にいるのよ!? 鍵は!? 私、鍵かけたはずよね!?」

「ははは。あんなの鍵でも何でもないよ。ちょいと隙間から上に上げてやれば外れるのだから」


 確かに田舎街だけあって、扉の鍵は外側から開かないようにフックを降ろすようなもの。


 アイはリーンを追い出して再び鍵をかけるも、頼りない鍵を不安に感じて部屋の椅子を扉の前へと移動させた。


 アイは、その夜、いつリーンが夜這いに来るのかとヒヤヒヤしながら殆んど眠ることが出来なかった。


 翌朝、早朝から出発して目の下に隈を作り大きな欠伸をするアイをリーンは隣で微笑む。休むことなく走り続け、夕暮れにようやく目的地であるブルクファルト辺境伯領の中心地、バロールの街へと辿り着いた。


 バロールの街の大通りを真っ直ぐに進む馬車の中から、お祭りでも行うかのように横断幕まで掲げられているのが見えた。


「お祭りでもあるのかしら?」

「ははははは、何言っているのさ。僕たちの婚約の儀の準備だよ。一週間後、僕らは彼処でキスを交わすのさ」


 人前でキスをするとはリーンから聞いたが、アイは勝手に元の世界のように友人や親族の前だけでと思い込んでいた。


 それが大衆の面前と聞き、虚空を見ながらアイは馬車の中で「帰りたい」と呟いた。

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