第624話 ジンギスカン
小部屋の中で肉を焼くと臭いがこもるので、全員で通路に出ることにした。
「しかし、君の刀はいろいろと便利だな」
そう言って僕は、地下通路の壁に水平に刺さっている橋本晶の万能剣 《雷神丸》を指さす。
ちなみにこの刀はロボットスーツ専用の刀で、生身の時に使う刀は別にあるらしい。
「リトル東京の技術者が趣味に走って……いえいえ、腕によりをかけて制作した特注品ですので。戦う以外にも、このように戦場での料理に使えます」
発熱している《雷神丸》の上では、ヒツジの肉がジュージューと音を立てて焼けていた。みんなはその周りを囲み、焼けた肉を紙コップに入れたショウガ醤油に浸して食べている。
通常の日本刀よりかなり幅が広いと思っていたが、こういう使い方もできるのか。しかし、こんな使い方して刀が痛まないのか?
「広場の方に、帝国兵が作っていた畑もありましたので、お野菜も頂戴して参りました」
そう言って橋本晶はタマネギを取り出して空中に放り投げると、脇差しを抜いて目にも止まらぬ早さで振り回す。
細切れになったタマネギが、雷神丸の刀身の上にポトポトと落ちた。
「やはり、肉だけでは栄養が偏りますから。ところで隊長。ヘルメットは取らないのですか?」
「いや、ちょっとヒツジの臭いが苦手なので……」
なので、僕は時々息を止めてからバイザーを開き、羊肉を食べていた。味は旨いのだが、この臭いはどうにも苦手だ。
「橋本さん。お野菜もあるのですか?」
「はい、森田さん。畑から適当に引っこ抜いてきました」
橋本晶は野菜類の入った大きなカゴを指さす。
「これなら、ユキちゃんも食べられるかしら?」
芽依ちゃんは、名前も分からない葉物野菜をカゴから取り出して、子ヤギに差し出した。
「メェェェ」
子ヤギは喜んで野菜を食べる。
「可愛い! 芽依ちゃん。あたしもやっていい?」
「良いわよ。ミクちゃん」
しかし子ヤギを可愛がるのはいいのだが、そういう事をしながらでもヒツジの肉は食べるのだな。
「ふむ。なかなか美味い肉じゃな」
いつの間にか、ジジイが部屋出てきて《雷神丸》の上で焼けている肉をフォークでつついていた。
「ジジイ。考え事はもういいのか?」
「まだ途中じゃ。しかし、腹が減っては戦ができぬからのう。ところで、この肉はどうしたのじゃ?」
「橋本君が、ヒツジを狩ってきた」
「ふむ」
ジジイは芽依ちゃんの方を向く。
「これを食べ終わったら、次はメガネっ娘が抱いているヤギを食べるのか?」
「いやああああ!」
ジジイがそう言った途端、芽依ちゃんが悲鳴を上げる。
「なんでユキちゃんを食べようとするんですか!?」
「ジジイ。あのヤギは……」
手短に経緯を説明する。
「ふむ。子ヤギの方からドアをノックしてきたのか。まさかそんな事はないと思うが、子ヤギ型のドローンではない事は確認してあるのだろうな?」
「それは最初に疑った」
Pちゃんに調べさせたが、金属反応はまったくなかった。本物のヤギだ。
盗聴器が仕掛けられている様子もない。
「ふむ。そうか。ところでなぜヘルメットを取らないのだ?」
「いや。ヒツジの臭いが苦手で……」
「そうか。では、臭いの入ってこない小部屋へ来てくれんか。おまえに聞いてもらいたい事がある」
「ヘルメットのままではダメなのか?」
「ダメじゃ」
「エロい話ならつきあわんぞ」
「学術的な話じゃ」
「学術的? ああ! 一応あんた科学者だったのだな」
「わしを何だと思っとるんじゃ!」
「変態ジジイだと思っている」
「ふん。まあ変態であること認めるが」
認めるんだ。
「わしがこれから話すのは、ワームホールとプシトロンパルスの関係性についてじゃ」
「え?」
意外とまともな話題だな。
「どうじゃ、興味あるじゃろう」
「そりゃあ興味あるけど、僕の専門は化学だが良いのかい?」
「基礎的な物理学を理解していれば十分じゃ」
「そういう事なら」
僕はジジイと一緒に小部屋に入っていった。
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