第609話 ネコババはいけない
日が高くなって朝霧が晴れてから分かったのだが、山頂基地から見下ろすとベイス湾が一望できた。
ここからなら、停泊中の帝国軍艦艇が丸見え。
ここに
そんな事をして帝国軍の逃げ道を塞いだら、取りこぼした帝国軍兵士がベイス島でゲリラ戦を展開するという最悪の事態になりかねない。
そのぐらいなら、逃げ道を残しておいた方がいい。
前の僕は、アーテミスへ侵攻して来た帝国軍艦艇をすべて沈めてしまった結果、逃げ道を失って取り残された帝国軍兵士が盗賊化して、長い間アーテミスの人たちを苦しめる結果となってしまったのだ。
同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。
それはそうと、小淵はどこに降りる気だろう?
てっきり、海岸線の司令部に降りると思っていたのだが、マルガリータ姫を抱えたまま海上に出てしまった。
その向かう先にあるのは……?
どうやら、小淵は《アクラ》に向かっているようだ。
程なくして小淵の九九式は、遙か海上に浮かぶ《アクラ》の上に降りる。
そのとき、ふいにアーニャが僕の方を振り向いた。
「ところで、北村君。小淵はマルガリータ姫を連れ帰ったけど、その後で姫の部下たちも迎えに行くのでしょ。入り口で捕虜を見張っている彼女に、連絡しておかないと」
「そうだった!」
大急ぎで、地下施設入り口で待機している橋本晶と連絡を取った。
「橋本君。今、小淵を解放した。そっちへ捕虜を受け取りに行くはずだから、来たら引き渡してくれ」
『良いのですか? せっかくの捕虜を引き渡して』
「こっちに捕虜を抱える余裕はない。必要な情報は、マルガリータ姫の分身体から聞き出してあるから」
『了解しました。では、小淵さんが来たら、捕虜を引き渡します。それと報告する事があるのですが』
「なにか?」
『地下施設内部に送り込んだ地上走行ドローンが、第三層で帝国兵と遭遇。今のところ、向こうには気づかれていません』
もう来たか。
「人数は?」
『今のところ二十名ほどですが、少しずつ数が増えています。あ! 今、第二層に二人上がってきました。偵察と思われます』
「了解。第一層に上がってきても、単独での戦闘は可能な限り避けてくれ」
『了解』
通信機を切ろうとしてあることを思い出す。
「ああ! ちょっと待った!」
『どうしました?』
「さっき、そこを飛び立つ前に見たのだが、地面に銅貨や銀貨が散らばっていた」
ミールの分身体が消滅したときに散らばった物だってことは分かっているけどね。ミールが捕虜からネコババしたなんて本当の事を言ったら、橋本晶が怒りそうだ。
「捕虜たちの落とし物かもしれないので、解放する前に確認しておいてくれ」
『分かりました。しかし、北村さん。よくそんな細かい事に気がつきましたね。さすがです』
「まあね……」
チラっとミールの方を見ると、恨めしそうに僕を見ている。
イヤイヤ、ネコババはいけないよ。ミール。
ネコミミだけど……
「北村さん。今言った事はまずいです」
「ん? 芽依ちゃん、僕は何か、まずい事を言ったかい? あ! あの銅貨や銀貨は、実はミールがネコババしようとした事がばれていたのか?」
「いえ。それは大丈夫だと思いますが、橋本さんに『戦闘は可能な限り避けてくれ』と言いましたね?」
「言ったけど、何か問題でも?」
「そういう言い方をすると、彼女は絶対に戦闘を避けようとしません。そして、先代の北村さんが『戦闘は可能な限り避けろと言っただろ』と言うと、彼女はいつも『はい。避けました。
あちゃ……あの娘、可愛い顔して戦闘狂なのだな。
「そういう事が続いたので、北村さんは彼女に命令する時は『戦闘は許可があるまで絶対に避けろ。避けられないときは逃げるんだ』と言うようになりました」
苦労したんだな。前の僕も……
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