第605話 最高の名誉

 演習用の砲弾とは言え、至近距離で着弾したら怖いだろうね。


 まあ、最前線を経験していた人なら、そんな状況でももっと泰然たいぜんとしていたかもしれない。


 実際に、こいつの護衛に出てきた数名の兵士たちは、ほとんどビビっている様子もないし。


 しかしマルガリータ姫に聞いたところでは、この男も後方勤務が長かったらしい。


 砲弾という物の威力を初めて知ったグレゴリー・アルチョホフ少佐は、砲弾の巻き上げた土砂を頭からかぶり、地面にへたり込んだまま失禁していた。


 部下の前で、すっかり恥をかいてしまったね。


 僕は上空に待避させていたドローンを下に降ろし、再びマイクを取る。


「すまない。グリゴリー・アルチョホフ少佐。帝国のために命を捧げるという最高の名誉を君にプレゼントしようと思っていたのだが、間違えて演習用の弾丸を撃ってしまった」


 本当は間違えていないけどね。


 奴の護衛兵たちも僕の言っていることが皮肉だと分かったのか、必死で笑いをかみ殺している様子だ。


「ひ……」


 ただ一人、皮肉の分からなかった少佐は声にならない悲鳴を上げ、無様にはいつくばって逃げようとする。もはや、威厳もなにもあったものじゃない。


「グリゴリー・アルチョホフ少佐。今、電磁砲レールキャノンに対人榴弾りゅうだんを装填中だ。もう少ししたら、司令部に直撃させて君に最高の名誉をプレゼントできる事を約束しよう」

「ま……待ってくれ! カイト・キタムラ!」

「ん? 対人榴弾よりも、焼夷弾しょういだんの方がいいのかな? それとも徹甲弾てっこうだんが好みかな? しかし、徹甲弾は対戦車用なので人間相手に使うのはちょっと……」

「ち……違う! 砲弾の好みなんて言ってない」

「では、何が言いたいのかな?」

「おまえ……砲撃を再開するって……ここを撃つってことだったのか?」

「そうだよ。他にどこを撃つというのだ?」

「いや……地下施設へ向かった兵士たちを……」

「地下施設への入り口は瓦礫で塞いだと、さっき言っただろう」

「え?」

「しかし、困った事に君の部下たちは、瓦礫を撤去してでも内部に入ろうとしている」


 実際には、そんな事はしていないけど……


「あれだけの人数を殺すとなると、かなりの砲弾が必要だ。しかし、砲弾という物は高いので、できることならば節約したい。そこで君から撤退命令を出して欲しかったのだが、君は名誉ある戦死を望むようだね」

「だ……誰がそんな事言った!?」

「さっき君は言ったじゃないか。我が帝国軍人は死など恐れぬ。帝国のために命を捧げるのは最高の名誉って……」

「いや……それは……」

「だから、一発の砲弾で君に最高の名誉をプレゼントした後で、君の後任と交渉して軍を撤収してもらおうと考えたのだ。そうすれば、君は名誉を得られて、僕は砲弾を節約できて良いことずくめじゃないか」

「ま……待て! 俺は死にたくない」

「何を言っている? 君は名誉が欲しくないのか?」

「いらん! 名誉などいらん! 名誉が欲しいのは部下たちの事であって……俺は貴族だから……今更名誉など……平民とは違って……」


 だんだん律呂ろれつが回らなくなってきたな。


「それでは、もう一度聞くが、軍を撤収するのか? しないのか?」

「する……します……だから、撃たないでくれえ!」


 最初からそう言えばいいんだよ。


 程なくして、地下施設へ向かっていた軍隊は、海岸線へと引き返し始める。


 念のため、もし軍隊が再び地下施設へと向かったら、今度は無警告で司令部に砲弾を直撃させると釘を刺しておいた。


 しかし、すでに内部に入られてしまった敵兵士たちはどうにもならないな。


 僕はジジイの方を振り向いた。


「もうすぐ《海龍》から装備が届く。それを受け取ったら、地下施設に突入するが、あんたにも同行してもらう」

「任せておけ。あの中の構造に、わしほど詳しい者はいない」


 まあ、それは認めるが……


「ただし、作戦中に女の子たちに悪さしたら、その場で去勢してやるからそのつもりでいろ」

「ふん! まあ、いいじゃろう。楽しみは後に取っておくわい」


 本当に、こんな奴をリトル東京に連れて行っていいのか?


 新装備を積んだヘリが降りてきたのはその時だった。

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