第604話 ターゲットナンバーワンは君なのだよ

 帝国軍の隊列が進む道の各所で、土煙が上がった。《水龍》からの艦砲射撃だ。


 もちろん、帝国兵を皆殺しにするつもりはない。


 途中の橋を落としたり、崖を崩して道を瓦礫がれきで埋めたりして進めなくするのが目的。とは言っても、今にも地下へ入ろうとしている奴らまで見逃すわけにはいかない。


 入り口付近の隊列には、対人榴弾りゅうだんを数発撃ち込んだ。


 累々るいるいたる死体が、数百メートルほどの山道に転がる。


 それでも、帝国軍は仲間のしかばねを乗り越えて行くのをやめない。


 仕方ない、地下施設をあまり壊したくはないが……


 通信機でレイホーを呼び出した。


「レイホー。入り口の少し上の崖を狙ってくれ」

『アイサー』


 程なくして、砲弾が崖に命中。


 崖崩れが起きて入り口は完全に瓦礫に埋まった。これなら、後で掘り返すことができる。


 しかし、これまでに何人の兵士に入られてしまっただろうか?


 二~三百人は入っただろうな。


 僕はジジイの方を振り向く。


「今埋めた入り口は、第三層に通じているものだったな?」

「そうじゃ」

「第六層からの入り口は?」

「それは、もうちっと遠いぞ」


 ジジイの言った所へドローンを向かわせると、程なくして入り口が見つかった。


 そっちには帝国軍はまだ来ていないし、向かってくる様子もない。


 しかし、第三層への入り口が潰れた以上、いずれ向かってくるだろう。


「レイホー。砲撃を停止してくれ」

『お兄さん。もういいの?』

「いや。威嚇射撃用に演習弾を装填して待機していてほしい。今から帝国軍に警告を行う。警告の後で、敵の司令部付近に着弾させてくれ」

『付近? 直撃はだめってことね? 二十メートルぐらい離す?』

「そのくらいでいい。頼む」


 僕はマイクを手に取り、進軍中の兵隊たちに向かってドローンから呼びかけた。


「帝国軍に告ぐ。直ちに海岸線へ引き返す事を命じる。従わない場合は砲撃を再開し、君たちを一兵残らず殲滅することになるだろう」


 もちろん、こんな警告で兵隊たちが撤退するはずがない。


 勝手に撤退すれば、敵前逃亡で銃殺刑が待っている。


 だから、彼らが帰りやすい環境を整えてやるのだ。


 僕はドローンを海岸付近にある帝国軍司令部に向かわせた。


 司令部の位置は、すでにマルガリータ姫の分身体から聞き出してある。


 司令官の名前がグレゴリー・アルチョホフ少佐であるという事も……


 程なくしてドローンは、樹木で偽装した司令部の小屋を発見。


 ドローンを着陸させて、その上に僕の立体映像ホログラムを投影すると、アンチョコ片手に、マイクに向かって叫んだ。


「グレゴリー・アルチョホフ少佐に告ぐ」


 ふ! 長い名前だって、こうやってアンチョコを用意しておけば楽勝さ。


「地下施設への入り口は、砲撃で塞いだ。これ以上の進軍は無意味だ。軍を直ちに撤収する事を要求する」


 さて、向こうはどう出るか?


 銃声が鳴り響いた。


 どうやら、小屋の中から立体映像ホログラムを撃ったらしい。


『俺の答えはこれだ。カイト・キタムラ』


 そう言って小屋の中から一人の男が出てくる。


 年の頃は四十代半ば。いかつい髭面のおっさんだ。


 その手に握られているのは、今撃ったばかりの短銃。


「では、こちらの要求は聞けないというのだな?」

『当前だ!』

「このままでは、多くの人命が失われるぞ」

『我が帝国軍人は死など恐れぬ』

「死ぬのが怖くないのか?」

『帝国のために命を捧げるのは、帝国軍人にとって最高の名誉。我が部下たちは、喜んで死んでいくことだろう』


 可哀想な我が部下たち。しかし、どっかで聞いたようなセリフだな?


 僕は芽依ちゃんの方を振り向く。


「芽依ちゃん。カルカで船ごと自爆した人、なんていったっけ?」

「オルゲルト・バイルシュタインの事ですか?」


 そうだ! そんな名前だった。


 再び、僕はマイクを手に取る。


「つかぬ事を聞くが、あんたオルゲルト・バイルシュタインの知り合いか?」

「バイルシュタイン閣下とは、よく酒を酌み交わした仲だが、それがどうかしたか?」

「いや……別にいいんだ」


 あの男の飲み友達か。


「それより、あくまでも僕の要求は拒むというのだな?」

『くどい』

「それなら砲撃を再開するが、本当にいいのだな?」

『撃つならさっさと撃ってくるがよい。それとも、怖気付おじけづいたか?』

「分かった」


 ドローンを上空に待避させてから、レイホーを呼び出す。


「レイホー。やってくれ」

『アイサー』


 数秒後、司令部入り口正面から二十メートル離れた所に土煙が上がる。


 土煙が収まった後にドローンを降ろすと、そこには地面にへたり込み恐怖に顔を歪ませているグレゴリー・アルチョホフ少佐の姿があった。


 砲撃されるのは地下施設へ向かった部下たちであって、自分ではないと思っていたようだな。


 残念。この砲撃のターゲットナンバーワンは君なのだよ。

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