第482話 簡易シェルター

 あのスケベ爺さんが、レム・ベルキナを直接知っている人間だというのか?


 それは、ぜひとも話を聞いてみたいところだが……


「このエロジジイ!」

「今日こそ、引導渡してやる!」

「ほーれ! 捕まえてみろ!」

「きゃあ! 触ったわね!」


 爺さんと女性たちの声は、どんどん遠ざかって行く。


「いつ頃になったら、帰って来るかな?」


 僕の質問にナージャは肩をすくめた。


「今日は無理だね。森の奥へ逃げ込んでしまうだろうし」

「そうか。しかし、ナージャ。なぜ今までその事を黙っていた?」

「だからさ、私もうろ覚えな記憶なので、もしガセネタだったら申し訳ないと思ったのよ。だから、爺さんに会うのは時間があったら、ついでにという事でどうかな?」

「そうか。では、そうする事にして、今は最初の予定通り、北島に偵察に行く計画を立てよう」


 僕はおばさんの方をふり向いた。


「北島に上陸した帝国軍について、何か知っている事はありませんか?」

「ああ、その事ね。じゃあ、家の中で話そうか」


 僕たちはおばさんに招かれて、一軒の家に向かっていった。


 やはり、コンクリート造りの建物だが、近づくと壁のあちこちでコンクリートが剥がれているのが分かる。


 補修もろくにやっていないようだ。


 中に入ってみると、コンクリートの壁に木の板が貼り付けられていた。はげ落ちた壁の代用に木板を貼っているのだろうか?


 不意におばさんが振り返る。


「オンボロなので驚いただろ」

「え? いえ……」

「なにせ、ここの建物は、ほとんど北島から連れてきたロボットが建てた物でね。私が子供の頃は、まだロボットが何台も動いていて建物の補修をやっていたけど、そのうちロボットはどんどん故障して動かなくなっていった。それから建物はどんどんボロくなっていったのさ」

「自分たちで、補修しないのですか?」


 ミールが不思議そうに言う。


「木の家だったら、なんとかできたのだけどね。コンクリートの家だと、材料の調達が大変でね」

 

 入り口から薄暗い廊下が続いていた。

 

 おばさんが壁のスイッチを入れると廊下の明かりが灯る。


 天井を見上げると、そこで光を発していたのは白熱電球。


 視線を下に戻すとおばさんが僕を見ていた。


「電灯が珍しいのかい?」

「え? いや、そうではなくて……」


 電気の明かりが珍しいのではなくて、LED照明を使っている僕には白熱電球なんてあるのが珍しいと……なんて言っては失礼かな。


 しかし、白熱電球を作るなんて結構な技術が必要だし、マトリョーシカ号のコピー人間たちに作れるのか?


 その事を聞いてみると……


「ああ、なるほど。確かに私たちの親世代は二十二世紀人のコピー人間だからね。ほとんどは物作りを忘れた人たちさ。だけど、二十二世紀にも物作りの技術を継承しようとしている人たちがいたのだよ。確か、職人会とか言ったね。北島の研究所に送り込まれた人たちの中には、職人会のメンバーが何人かいたんだ。私の父も含めてね」


 廊下を進みながら、おばさんは説明してくれた。


「父はガラス工芸を得意としていたからね。薬品合成に必要な器具とか作っていた。それと電球もね」


 廊下の角を曲がると、その奥に扉があった。


「なるほど。しかし、電球は分かりましたがフィラメントとかはどうしたのです? タングステンとかこの島で手に入るのですか?」

「タングステン? そんな上等な物は使っていないよ。これは……」


 ドアまでもう少しというところまで着たとき、不意に辺りが闇に包まれた。電球が切れたようだな。


 振り返ると廊下の角までは外の明かりが届いているようだが、ここまでは光が届かないようだ。


「あらら! また切れちゃったか」


 闇の中から聞こえたのは、おばさんの声。


 続いてシュッ! という音が聞こえ、仄かな明かりが灯った。


 明かりはおばさんの持っているマッチの火から発している。


 おばさんは慣れた手つきで、ロウソクにマッチの火を移した。


「電球のフィラメントにはね、竹を使っているのよ」

「竹?」

「地球から持ち込んだ竹を栽培して、その繊維を使っているんだ」


 エジソンが初期に作っていた電球と同じか。


「電球は、あの爺さんしか作れないのですか?」

「いいや。以前はそうだったけど、今は三人の弟子がガラス工芸を覚えたから、父はもう用済みさ」


 用済みって……実の父をそこまでヒドく言わなくても……


「それにもうすぐ、リトル東京から大量にLEDが届くことになっている。そしたら、すぐ切れる白熱電球なんていらなくなるね」


 そう言いながら、おばさんは扉を開いた。


 八畳ほどの広さの部屋を照らしている明かりはLEDによるもの。


「この部屋のLEDは、リトル東京の人たちが持ってきてくれたのさ」

「なるほど。しかし、なぜこの部屋は窓がないのです?」

「死の灰を警戒して、こんな建物を建てたのさ」


 死の灰!? なぜそんな物が……そうか! カルカ軍が電子パルス攻撃に使用した原爆だな。


 ということは、この集落の建物は簡易シェルターの様なものという事か。


「地下施設を出たとき、北島は放射性物質に汚染されていたのよ。だから、みんな南島に移住する事になったの。南島は汚染されていなかったけど、その時は放射性物質の発生原因が分かっていなかった。南島にもいつ死の灰が降ってくるか分からないので、念のため窓のないコンクリートの家を作ったのよね」


 死の灰がいつ降ってくるか分からない不安から、ずっとこの家に住み続けていたのだな。

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