第468話 取り戻せばいい

 そこまで話を聞いたとき、ふと振り返ると甲板上で飲み会をしていたみんながこっちを注視していた。


 みんなも話が気になるようだな。


 橋本晶の話はさらに続いた。


『それからしばらくして、補給基地を落とした帝国軍の中に、小淵さん、矢部さんの姿があった事が偵察ドローンの映像で確認され、二人が裏切ったという事が分かったのです。その時は、私も取り調べを受けました。もちろん、すぐに釈放されましたけど……私には、どうしても信じることができませんでした。二人が裏切ったなんて』

「違うんです。橋本さん。二人は……」

『ええ。森田さん。もう分かっています。あの時、二人を覆い尽くしたマイクロロボットは除染作業ロボットなどではなく、ブレインレターであるという事も、それによって小淵さんも、矢部さんもレムの操り人形にされてしまった事も……』


 彼女の目に、涙が光っていた。


『あの時、小淵さんがかばってくれなかったら、私がそうなっていたのです。小淵さんは私の身代わりになって……』


 前の僕が、なぜ小淵を重宝していたのか、なんとなく分かったような気がする。

 小淵は、頭がいいだけでなく、細かい気遣いのできる人だったようだ。

 レムの操り人形にされてしまってからも、彼女が罪の意識に苦しむのではないかと心配していたのだろう。


「橋本さん。ですから、小淵さんはその事を気にしないでほしいと……」

『無理ですよ。森田さん』

「え? 無理……」

『小淵さんが『気にするな』と言ったって……私は、自分が許せないのです。私の軽はずみな行動のせいで、小淵さんと、矢部さんを犠牲にしてしまったのですよ。悔やんでも悔やみ切れません』


 違う……一番悪いのは僕だ。


 今の僕ではなく、死んでいった初代の僕だが……


 補給基地にいた僕はカルル・エステスに疑惑がかかっていることを知ってから、気が気じゃなかったのだろう。


 だから、小淵に調査を依頼した。


 その結果、カルルと矢納課長が接触している事を知って大きく動揺したのだと思う。


 だから、矢納課長の事も調べるように小淵に依頼した。


 だが、おそらく僕はこの時、十分な情報を小淵に与えていなかったのではないのだろうか?


 初代の僕は何人もの部下を抱えていた。


 その部下達に、自分のオリジナル体がかつて受けた屈辱的な体験を知られたくなかったのだと思う。


 だから、肝心な情報を与えなかったのではないだろうか?


 本人が死んだ今になっては推測でしかないが、そのために、こんな悲劇を招いてしまった。


 僕の弱さのために……


「芽依ちゃん。ちょっと通信を代わってくれ」

「え? はい」


 僕は芽依ちゃんと場所を入れ替わった。


「芽依ちゃん、お疲れ。はい。これ」


 背後でレイホーの声。


「ありがとうございます。ちょうど喉が乾いていまして」


 振り向いて様子を見ると、芽依ちゃんはレイホーからオレンジジュースを受け取っていた。


 改めて、映像に目を戻す。


「橋本さん。気にするなと言っても、無理なことは分かります。でも、これはあなた一人が抱え込む事ではない。そもそも、こんな事を頼んだ僕が悪いんだ」

『そうですね。私は隊長の簡単な頼みも叶えられない無能だったのです』


 だああ! なんでそうやって後ろ向きに考えるかなあ……ならば……


「取り戻せばいい」

『え? 何をですか?』

「矢部は死んでしまったから無理だが、小淵はまだ生きている。ならば、レムから解放してやればいい」

『できるのですか? そんな事』


 正直言って、百パーセントできるという自信はないが……


「ナンモ解放戦線のリーダー、レイラ・ソコロフもかつてはレムの操り人形だったが、今は自由の身だ」

『それじゃあ、レムと接続された人を解放する事は可能なのですか?』


 よかった。彼女の顔が少し明るくなったぞ。


「ああ。可能だ」

『でも、まだ方法は分からないのですね?』


 う……実はそうなのだが、目処はある。


「レイラ・ソコロフはレムの器となっているコンピューターが破壊された事が原因ではないかと言っていた」


 その一方で、状況からみての推測なので必ずしもそうとは限らないとも言っていたが……あの時点では、レムのコンピューターセンターは複数あった。その中の一つを破壊しただけなのに、なぜ自分たちとレムの接続が切れたのかという疑問が残っていたのだ。


 もしかすると、他に原因があったのかもしれない。


『ではレムのコンピューターを破壊しさえすれば、小淵さんを取り戻す事は可能なのですね?』

「そうだ」


 ああ……なんか、安請け合いをしてしまっているような気がするが……


『隊長……いえ、北村さん。お願いがあります』

「なんだい?」

『もし、レムのコンピューターセンターを攻撃する作戦を実行するなら、私も戦力に加えて頂きたいのです』

「え?」

『私は小淵さんに助けられました。だから、今度は私の手で小淵さんを助けたいのです』

「僕はかまわないが、君は……」

『もちろん、私はリトル東京防衛隊の隊員ですから、勝手に持ち場を離れる事はできません。森田指令から正式な命令を頂く必要がありますが、事前に北村さんから承諾を頂いておきたいのです』


 まあ、どっちにしても今の作戦が終わったら、レムのコンピューターセンターは叩く事になるだろうし……


「さっきも言ったが僕はかまわない。その時には君にもぜひ来てほしい」

『ありがとうございます』

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