第463話 麻雀1(回想)
「……でよ。その時、俺がホームランかっ飛ばしたわけよ。だけど、その後はバカなピッチャーのせいで……」
どうやら、矢納のオリジナル体は高校時代に野球部に所属していたらしい。
自分の大活躍で甲子園まで今一歩のところまで行ったとか、コネでピッチャーになった奴のせいで負けたとか、とにかく自分がいかに凄くて、ダメなチームを『俺の力で引っ張ってきた』という事を自慢したいらしい。
だが、正直そんな話を延々と聞かされるなんてたまったものではない。
早くここから出たいと、橋本晶は心底思った。
しかし、こんなどうでもいい自慢話からでも、断片的な情報をつなぎ合わせていくうちに次第にこの男の素性が分かってきた。
男の名前は矢納寛治。地球でデータを取られた時は四十代。
大学卒業後、ずっと勤めていた会社を、社長と喧嘩になって退職したそうだ。
言っている事がどこまで本当か分からないが、海斗と同じ時代にデータを取られた人間だという事だけは確かなようだ。
だが、一番肝心な話が聞けていない。
この男とカルル・エステスとの関係について……
もっとも、ここでは矢納が一方的に自分の事を話しているだけで、彼女の方からは何も質問していない。
どうやって無理なく聞き出そうかと思考をめぐらせているとき、矢納は意外な事を言い出した。
「ところであんた、ロボットスーツ隊だと言ったな。隊長は北村か?」
矢納は隊長の事を知っているようだ。
いや、隊長もこの男の顔を見て動揺したというから、何か因縁があるのかもしれない。
「北村隊長をご存じなのですか?」
「ああ。と言ってもオリジナル体の時にな。あいつの部下じゃ、姉ちゃんも大変だろ」
「はあ? 何を言っているのですか? 北村さんはとてもいい人です」
「あんな奴が?」
「ええ。ハンサムだし、博識だし、部下を気遣ってくれるし、なにより、どうでもいい自慢話を延々とするなんて事はないし」
最後の一言は皮肉で言ったのだが、矢納は気がつかなかったようだ。
「どうでもいい自慢話を延々とする? そんな奴がいたら確かにイヤだな」
あんたの事だ! と叫びそうになるのを辛うじて堪えた。
「だけど、その様子だと、あいつは姉ちゃんがここに来ている事を知らないようだな」
「はあ? どういう事です?」
「つまり、あんたが喫煙者だと言うことを、北村は知らないのだろう?」
確かに、タバコを吸っている事は海斗だけでなく、機動服中隊のみんなにも隠していた。臭いから発覚するのを恐れて、口臭ケアも念入りにやっている。
「北村は嫌煙ナチスだからな」
「嫌煙ナチス!? そこまでヒドく言わなくても」
「いやいや、ヒドい奴なんだよ。普段は人当たりの良い顔をしているが、喫煙者だと分かると掌返して嫌な顔するからな」
「なぜ、そんな事を知っているのですか?」
「俺のオリジナル体と、北村のオリジナル体は同じ会社に勤めていたのさ。俺が奴の上司だったわけだが、上司の俺が喫煙所の外でタバコを吸うと文句を言うのだよ」
「それは喫煙所の外で吸うあなたが悪いのです」
「でもよ、ふつう上司や先輩には遠慮するものだろ」
「上司という立場を利用して、スモークハラスメントですか。最低ですね」
矢納は軽く舌打ちをした。
「なんでもかんでも、ハラスメントかよ。だったら、俺たち喫煙者をこんな狭い喫煙所に押し込めるのも、ハラスメントじゃないのか」
「それは……」
「そう思うだろ」
確かにタバコぐらい好きに吸わせてほしいとは思う。しかし……
「タバコの煙は、吸わない人には迷惑なのです」
「こんな良いものを無料で吸わせてもらって迷惑なわけないだろう」
言っている事が無茶苦茶である。
「いいか。嫌煙ナチスという奴らはな。本当に煙が不快にわけじゃないんだよ。ただ、タバコを止められない俺たちを貶めて、マウントを取りたいだけなんだ」
「はあ……そうなのですか?」
「そうなんだよ。特に北村の奴はな」
「隊長はそんな人じゃありません」
「いや、それは姉ちゃんが、あいつとの付き合いが短いからさ……」
「私は五年近く付き合いがありますけど……まあ、ここしばらくは……」
あやうく、海斗が補給基地へ行っている事を言いそうになり。押し黙った。
もっとも、補給基地の位置はすでに帝国側に漏れてしまったので、今更守秘義務を守っても意味はないのだが……
「五年か。そいつは負けた。俺はせいぜい数ヶ月だからな。だが、あいつと長年付き合っている奴の友達が、北村のことを嫌煙ナチスと言っているんだぜ」
長年付き合っている友達!?
「カルル・エステスさんですか?」
「なんで分かった?」
「隊長のお友達で喫煙者と言ったら、その人しか思いつかなかったので」
「そうか」
「矢納さんとカルルさんは、どういうお関係ですか?」
言ってから、しまった! と思った。質問がストレート過ぎる。怪しまれたか?
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