第337話 エラ№1
「カイトさん。大丈夫ですか?」
「僕は大丈夫だ。ミールは?」
「大丈夫です。それにしても、エラの様子がおかしいですね。まるで、あたし達が、誰だか分からないみたいに……」
「やはり、そう思うか?」
部屋の中は、カーテンのかかった窓から漏れ出る光が差し込むだけで薄暗い。だが、顔が見分けられないほど暗くない。
エラは、人の顔を覚えるのが苦手な人なのだろうか?
いや! 四人のエラのうち、一人だけ僕らを知らない奴がいる。
「ミール。あいつはエラNo.1だ」
「え? どういう事ですか?」
「三十年前に、エラはプリンターで再生された。最初に再生されたNo.1の能力に驚いた帝国軍は、数日後にさらに七人再生した。この七人の間にシンクロニシティがあったわけだが、最初のNo.1だけは後から再生された七人とシンクロニシティがなかった。つまり、八人のエラのうち、一人だけ情報共有できていないエラがいる。それがあいつなんだ」
「じゃあ、あいつは、あたし達の事を知らないのですね」
「ああ。知っていたら、今頃僕達は殺されているはずだ」
しかし、成瀬真須美の話と矛盾が出てきたぞ。
確か、エラは帝国の英雄なので、裁判にかけにくいという話だった。
だが、あのエラは軍法会議にかけられそうになって逃げだした。それもかなり前に……
別に僕は成瀬真須美の話を鵜呑みにしたわけではないが……
待てよ。
「そうか! そういう事か」
「カイトさん。どうかしました?」
「帝国軍カルカ侵攻部隊には三人のエラがいた。それなのに、カルカシェルター攻撃には一人しか出さなかった。もし、二人以上で来られたらカルカシェルターは、最初のドーム防衛戦で陥落していたかもしれない。なぜ、帝国軍はそうしなかったと思う?」
「さあ? あたしも、それが気になっていたのですけど……エラは公式には一人しかいない事になっていますが、もう今さら隠す必要もないと思うのですが」
「帝国側には隠す必要があったのかもしれない。最初、成瀬真須美は、エラが複数いることを僕に話さなかった。艦隊が出撃してきた時に、初めて八人再生された事を話した。エラが複数いる事を、できれば僕に話したくなかったのかもしれない」
「なぜですか?」
「元々、同一人物の同時複数再生は、帝国内でも禁止されていた。だが、僕がそれを知ったのは、エラ本人から聞かされたからだ。成瀬真須美はその事は言っていない。帝国軍内部の誰か……おそらく、三十年前にエラの同時複数再生に関わっていた人物は、エラが八人いる事を隠しておきたかったはずだ。どうやって、今まで隠していたか分からないが、エラの一人が軍法会議にかけられそうになって逃げ出した。帝国軍としてはとんでもない不祥事だ。だから、軍法会議が行われようとした事も、エラ№1が逃亡した事も一般には伏せられた。問題は残り七人のエラをどうするか?」
「一人はすでにダモン様に倒されています」
「そうだった。残り六人のうち三人はカルカ遠征に送り込んだ。この時、成瀬真須美を一緒に送り込んで、エラがさりげなく戦死するように工作させた」
「では、残り三人も、どこか帝都から遠く離れたところへ遠征させたか、あるいは幽閉された?」
「たぶん、そうだろう。成瀬真須美は、残りのエラは帝都にいると言っていたが恐らく嘘だろう」
「しかし、なんのためにそんな嘘をつく必要があったのでしょう?」
「分からない。だが、僕らに知られて困る事情があるのだろう。とにかく、公式にはエラは一人しかいない事になっている。だから、カルカシェルターを攻めた時は、一般兵士の前に一人しか出せなかったのだよ。しかし、《マカロフ》では、背に腹は代えられなくなって、残りの二人を同時に出してきたんだ」
まあ、すべて推測だが……それはそうと……
「Pちゃん。そろそろ機嫌を治して出てきてくれないかな」
ポケットの中から返事はなかった。
まだ、怒っているのかな?
『ご主人様。聞こえますか』
その声は、イヤホンから聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます