第326話 乗合竜車
なんで、こんなところにこいつが……?
車の一番後ろで、エラは胡座をかいて座っており、その隣には帝国人と思われる女がいた。年の頃は二十代後半、紫に染めたロングヘアーの美女が片膝をついて座っている。
その二人の周囲に客はいない。
ナーモ族の客達は、その二人を遠巻きにしていたのだ。
エラは車に乗り込んできた僕とミールをギロっと睨む。
気づかれたか? 奴にホロマスクを見破れるとは思えないが……
「ちっ」
エラは舌打ちをすると、帝国語で何かをつぶやいた。
気が付いたわけではないようだ。
連れの美女がエラを窘めるように何か言っている。
そのまま二人は口論になった。
何を言っているのか気になるな。
不意に、ミールが僕の袖を引っ張る。
ミールは空いている床の一カ所を指さしている。『ここに座りましょう』と無言で言っているのだ。
エラから少しでも離れた位置に、僕とミールは腰を下ろす。
周囲から見えないように、翻訳ディバイスを操作した。
エラ達が喋った言葉は自動的に録音されている。
『ちっ』
この舌打ちはエラの……
『なんだおっさんか』
おっさんって、僕の事か? 僕の顔を覆っている立体映像は三十代のナーモ族男性だが、四十過ぎているエラにおっさん呼ばわりされる言われは……
『どうせなら、半ズボンの美少年が乗ってくればいいのに』
相変わらず変態だな。
『アレンスキー大尉』
咎めるようなこの声は、エラの隣にいる女性のようだ。
『くれぐれも、ここで騒ぎを起こさないで下さいよ』
『分かっている、分かっている。男の子が乗ってきても、半ズボンから出ている生足を鑑賞するだけだ』
『鑑賞も止めて下さい』
『それぐらいさせろ。本当なら、捕まえて電撃でヒイヒイ言わせてやりたいところを我慢しているのだ』
『されてたまりますか! だいたい、なんであなたが軍から脱走するはめになったと思っているのですか?』
脱走したのか? こいつ……
『少年兵虐待が問題なって、軍法会議にかけられそうになったからでしょ』
『そういうおまえは何で脱走した? いい加減事情を言ったらどうだ』
『言いたくありません』
『ふん! まあいいさ』
この二人、どういう関係だ?
とにかく、話が終わったようなので翻訳ディバイスを日本語⇔ナーモ語に戻した。
「カイト」
ん? ミールが僕の耳 (本来の方)に口を寄せた。片言の日本語で話しかけてくる。
「ナーモ語……聞かれる……日本語で……」
エラはナーモ語が分からないはず。という事は、隣の女……
「あの女を知っているのかい?」
「一年前……会っている……ナーモ語……会話した」
翻訳ディバイスのスイッチは切った方がいいかな?
「あんたら……」
隣に座っているナーモ族の中年女性に話しかけられた。
「何か?」
やはりこういう事があるからスイッチは切れないな。
「あの帝国人の女を、刺激しちゃだめだよ」
「はあ? 別に刺激なんか」
「さっき、あいつの目の前でカップルがいちゃついていたら、突然怒り出して雷魔法を使ったのだよ」
それで、みんな遠巻きにしているのか。
「連れの女は話が分かるみたいだが、怒らせると自分も宥められないから、刺激しないようにと言っていた。だから、二人ともあいつの前でいちゃいちゃしちゃだめだよ」
「大丈夫です。そんな事はしません」
「ええ! したかったのに」
ミールが不満そうに言う。
十分の一サイズとは言え、どっちにしてもPちゃんがいては無理だろう。
背後でエラが何か言った。
翻訳ディバイスを日本語⇔帝国語に変更。
「いつになったら、ロータスに着くのだ?」
連れの女が答える。
「後十五分ほどですから」
「まったく、なんで私が乗り合い竜車なんかで」
「仕方ないでしょ。馬だと、目立ちすぎます。ロータスには帝国軍がいるのですよ。だいたい、なんでドローンを落としたのですか?」
「いや……なんでって、ドローンに見つかったら拙いだろ」
「隠れてやり過ごせば良かったのです。落としたりしたら、そっちにドローンを落とせる能力のある者がいると分かってしまうでしょ。こんなところに日本人や台湾人がいるはずがない。そうなると、脱走したあなただという結論に達して、ロータスの町で馬に乗って来る者を待ちかまえているはずです」
そうか。エラの奴、ドローンを帝国軍の追っ手が差し向けた物と思っていたのだな。
「乗り合い竜車なら、大丈夫だとでも言うのか?」
「ナーモ語を話せないあなたが、乗り合い竜車なんかに乗れるはずがないとみんな思っているはずです。私と行動をともにしていることは、誰も知らないはずですから」
この女、何者だろう?
まあ、いい。ミールが知っているみたいだから……
それより、帝国軍がいると分かっているのに、なんでこいつはロータスに?
程なくして、竜車はロータスの町中に入っていった。
町の中心部に近づくに連れて、人通りが増えてくる。
その光景を見ていてエラは言った。
「検問なんか、やっていないではないか?」
「ううん。敗走中なので、そんな余裕がなかったのかもしれませんね」
「まったく。だったら馬でくればよかった」
「その馬をどこにつないでおくつもりです? 私達が取引をしている間に、つないでいる馬か帝国軍に見つかったりしたら、あなたがいることがばれるのですよ」
取引? 何を取引するというのだろう?
「取引さえ終わればこっちのものだ。帝国軍など私の実力で蹴散らしてやる」
「忘れないで下さい。ブツが手に入っても、私が加工しないと使えないのですよ」
「そうだった」
加工? ん? ミールが僕の袖を引っ張った。
本来の耳を、ミールの口元に寄せる。
「取引……レッドドラゴン……肝」
レッドドラゴンの肝!? そうか!
「魔法回復薬の材料か?」
僕の問いにミールはコクコクと頷く。
エラの奴、脱走した時に魔法回復薬を持ち出せなかったな。
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