第301話 月砂の嵐を越えて(天竜過去編)

 東に向かって飛行していくうちに、やがてそれは見えてきた。


 砂嵐と言うより、光の壁だ。


 静電気によって舞い上がった塵に、太陽光が当たって輝いているのだ。


 しかし、電脳空間サイバースペースにいるときに、ライブラリーで月噴水ムーンファウンテンの立体映像を見たけど、それよりも規模が大きいな。


 ここは月と言っても、地球の月より少し重力が弱い。


 そのせいかもしれない。

 

 僕らは光の壁の前で一度着地した。


「綺麗!」


 チョウ 麗華レイホーが感嘆の声をあげたが、確かに思わず見とれてしまう美しさだ。


 しかし、これが原因で月面車が事故に遭ったという話も聞いたことがあるぞ。


「アーニャ。この宇宙機って、あれの中に入っても大丈夫なの?」

「大丈夫よ、白龍パイロン君。この機体は、静電気対策も粉塵対策も完璧だから」


 それなら、大丈夫か。


 月面に測定器を降ろしてから、僕達は砂嵐の中に突入した。


 砂嵐の中に入って分かったけど、ここではレーダーがほとんど効かない。


 隣にいるアーニャと趙 麗華の機体も見えないくらい視界も遮られている。


 ぶつからない様に気を付けないと……。


 程なくして、僕達は砂嵐を抜けた。


「レーザー攪乱膜に使えるかはともかく、身を隠すには使えそうね」


 アーニャは振り向きながらそう言うと、レーザーを砂嵐に向かって撃った。


 砂嵐の向こうに置いてきた測定器から送られてきデータによれば、レーザーの威力は十分の一以下に落ちている。


「これなら、レーザー攪乱膜としても十分に使えるわね」

「でも、アーニャ。こっちから攻撃する時はどうするの?」

「大丈夫よ、白龍君。カタログデータによるとレーザー地雷の出力は私達の百分の一の五百キロワット。さらに十分の一にまで削られたら、私達のホイップルバンパーは貫けない。でも、私達のレーザーの出力は五十メガワット。十分の一程度削られても、レーザー地雷を破壊するぐらいの威力は残るわ。その前に、敵は私達が砂嵐に隠れて近づいていることに気がつかないわね」

「なるほど」

「怖いのは敵が後に回り込んできた場合だけど、今のところ二人が上手く牽制しているみたいだし」

 

 後は、この砂嵐と一緒に移動して縦穴まで行くだけだな。


 僕達は砂嵐の動きに合わせ、西へ向かってゆっくりと移動していった。


 こういう時、宇宙機に足かキャタピラーでもあればな。


 少しだけ飛行して、砂嵐の前に着地。砂嵐が離れるのを待って、また飛行するという事の繰り返しは結構だるい。


 宇宙機に足は飾りじゃないよ。

 

 しばらくして、マー 美玲メイリンから連絡が入った。アバターのない音声だけの通信だ。

 

『縦穴から、月面車が出て来たわ』

「月面車ですって! どっちへ向っているの?」

『アーニャ、大丈夫よ。月面車は私達の方へ向っている。東に行ったあなた達には気が付いていないようよ。せいぜい牽制して、こっちへ引きつけてやるわ。それと、砂嵐が見えて来たわ。まるでオーロラみたいね』

「ええ」

『敵の数が多いので、私達二人ではいずれ押し切られる。だから、私達のミサイルは月面車攻撃に使ってもいいわね?』

「かまわないわ。ミサイルは一発でも残っていれば十分よ」

『分かったわ。私達は先に《朱雀》に戻る事になると思う。後は頼むわね』

「任せて」


 通信は切れた。

  

 しばらくして、砂嵐の向こうで強烈な発光が二度起きる。


 馬 美玲と柳 魅音がミサイルを使ったのだな。


「二人はもう《朱雀》に戻ったかしら?」


 趙 麗華が上を見上げた。もちろん、そこに《朱雀》の姿は見えないけど……


「白龍君、趙 麗華さん。そろそろ砂嵐が縦穴に差し掛かかるわ。行くわよ」


 僕達は、再び砂嵐の中に飛び込んで行った。


 砂嵐と逆光線のせいか、敵は僕達に気が付いていないようだ。


 地雷からも、月面車からも攻撃はない。


 あったとしても、この濃密な砂嵐の中では効果ないけど……


 やがて、僕達は砂嵐を抜けた。


 僕達の真下に、直径五十メートルはありそうな巨大な縦穴が口を開けている。


 そして、僕達の正面には三機の敵宇宙機が横切るように飛行していた。


 マズイ!


 僕は考えるも早くトリガー引く。


 一機が落ちていった。


 どうやら、向こうは僕達に気づくのに遅れたようだ。


 趙 麗華の放ったレーザーが敵を一機落とす。


 アーニャが撃った時、ようやく敵も撃ち返してきた。


「きゃああ!」


 アーニャの悲鳴!


「アーニャ! 大丈夫か?」

「ごめん。私はここまでのようだわ。後を……」


 アーニャのアバターが消えた。


チャン君! 時間がありませんわ! 私に着いてきなさい!」


 僕達は宇宙機の制御をニュートリノ通信に切り替えた。


 これで縦穴内部でも制御可能だが、これを使用できるのは五分以内。

 

 その前に決着ケリをつける!


 縦穴に照明弾を落としてから、僕達は降下を開始した。


 照明弾の光に照らされて縦穴内の様子が分かる。


 縦穴は自然のもののようだ


 溶岩洞窟の天井を、隕石が貫通してできたのだろう。

 

「線路が見えたわ! 敵はあそこね」


 趙 麗華の言う通り、縦穴の底に線路の様な人造物があった。《天竜》を攻撃した電磁砲レールキャノンは、あれを使って横穴に移動して隠れているのだろう。


 縦穴の底に降りた時、溶岩洞窟から低出力レーザーを撃ってきた。


 ホイップルバンパーにがんがん当たってくるが構う事はない。


 僕達は線路の先に向かってミサイルを放った。


 電磁砲レールキャノンの姿は確認できなかったが洞窟ごと崩してしまえば問題ない。


 溶岩洞窟の奥で爆発が起きた。


 二発のミサイルを受けて、溶岩洞窟は崩落する。


 やがて洞窟は完全に埋まり、敵の攻撃も止んだ。

 

 横を見ると趙 麗華のアバターはなく、そこにあるのは弾痕だらけの球体宇宙機。


「趙さん。無事かい?」


 返事はない。リンクが切れたようだ。


 僕の機体もメインエンジンをやられて飛び立てそうにない。

 

 機体の回収は無理だな。


 僕は自爆装置のスイッチを入れてから、機体とのリンクを切った。 

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