第258話 敵船に侵入

「芽依ちゃん。一分経ったら、この船から離れよう」

「でも、敵があんな事をわざわざ言ってきたのは、やはり船を失いたくないからです」

「分かっている。でも、奴はやるだろう」


 時計に目をやる。残り、五十秒。


 それにしても妙だ。この船の船員は、さっぱり撃ってこない。甲板からこっちの様子を見ようともしない。


「ブースト!」


 船腹に穴を開けて船内に入ると、ナーモ族の漕ぎ手がいるだけ。


「帝国人は?」


 いきなり船腹をぶち破って入ってきた僕の姿に驚いているナーモ族に尋ねた。


「逃げた」


 ナーモ族は上を指さした。


「ありがとう」


 天井をぶち破って、上の階層に出た。火薬の樽と大砲があるだけで、人の姿はない。


 さらに天井をぶち破って甲板に出ると、帝国人がボートを降ろして逃げ出そうとしているところだった。


「芽依ちゃん!」


 火薬の樽を持って船腹の穴から出るなり、僕は芽依ちゃんに呼びかけた。


「すぐに、この船から離れる。盾を構えて」

「はい……でも……」

「船員が船の反対側から脱出している。全員降りたら、レーザーを撃つ気だ」


 なんのかんの言ってもやはり、帝国人の犠牲はなるべく出したくないようだ。


「それと、チャフを放出して」

「はい」


 チャフを放出しながら、僕達は船尾の方へ移動した。


「一、二の三で飛び出すよ」

「はい」


 呼吸を整えて……


「一、二の三!」


 僕達は船の陰から飛び出した。同時に僕は火薬の樽を投げつける。


 レーザーは僕達ではなく、火薬樽の方へ向かった。ミサイルと勘違いしたのだろう。

 

 しかし、なかなか当たらない。


 レーダーの精度も、かなり落ちているようだ。


 レーザー攪乱幕として蒔いた金属箔は、同時にレーダーを妨害する効果も期待していたが、どうやら期待通りの効果があったようだ。


 ようやく、火薬樽にレーザーが命中。空中で爆発すると同時に、あたりが黒煙に包まれる。いい煙幕になった。これで、しばらくは光学照準も使えないぞ。


 実際、煙幕の中を、レーザー光線が動き回っているのが見えるが、でたらめなところばかりを狙っている。


「芽依ちゃん。あの船の陰に」


 僕は一隻の船を指さした。


「はい……でも……」

「レーダーが使えなくなった上に、煙幕で僕らの姿を見失った今なら、《マカロフ》からは僕らがどの船の陰に隠れるか分からないはずだ」

「なるほど。そうですね」


 煙幕が晴れる前に、僕らは木造船の陰に隠れた。


 当然、僕らに気がついた船員達は銃撃をしてくるが…… 

 

「ブースト!」


 船腹を、ぶち破って船内に入った。


 漕ぎ手のナーモ族と、その見張り役の帝国人が驚いてこっちを見る。


「おい!」


 逃げようとした見張り役の襟首を掴んで持ち上げた。


「苦しい! 放してくれ!」

「船長のところへ案内しろ! 僕は話をしたいだけだ」

「分かった。案内するから、降ろしてくれ」

「北村さん。この人達は、どうします?」


 後から入って来た芽依ちゃんは、ナーモ族の漕ぎ手達を指さしていた。


 みんな鎖で足をつながれている。


「おい! 鍵はどこだ?」


 僕は男の方に向き直る。


「鍵って?」

「とぼけるな! 今すぐ死にたいか?」

「鎖の鍵なら、そこだが……」


 男の指さす柱に、鍵がかかっていた。


「芽依ちゃん。鎖を外してあげてくれ」

「はい」

「おい! やめろ! こいつらを逃がしたら、俺が罰を受けるんだ」

「罰を受けるのと、今すぐここで死ぬのと、どっちがいい?」

「罰を受ける方が……いいです」


 分かればよろしい。

 

 その場に芽依ちゃんを残して、僕は男の案内で船長室へ向かった。


「なんだ! おまえは?」


 船長室の中にいた五十代の帝国人の男が、いきなり入ってきた僕の姿を見て驚愕していた。


「あんたが船長か?」

「そうだ! わしがこの船の指令だ」

「僕は日本の戦士だ。僕らは煙幕に紛れてこの船に隠れたので、まだ《マカロフ》には気づかれてはいない。君が発光信号かなにかで《マカロフ》に伝えていなければだが……」

「誰がそんな事するか!」


 誰だって自分の命が惜しいだろうからな。馬鹿正直に『うちの船にいますよ』なんて伝えたら、自分たちごと攻撃されると分かっていて報告するわけがない。


「だろうね。伝えたら、どうなるか分かっているな?」

「ああ、分かっている」

「僕らは、すぐに出て行くから安心してくれ。君らが抵抗さえしなければ、僕らはなにもしない」

「できれば、今すぐ出て行ってほしいのだが……」

「それはできない。それより、僕らに抵抗しないよう、部下に命令してくれないか。やらないなら、僕の手で船員を皆殺しにする事もできるが」

「分かった。命令する」


 船長は、伝声管で指示を出した。


「ところで、つかぬ言を聞くけど、バイル……」


 あれ? 提督の名前が思い出せない。無駄に名前が長すぎになんだよ。帝国人は……


「……この艦隊の提督は、昔からああなのかい?」

「というと?」

「味方ごと、攻撃するような奴なのか?」

「ああ。味方のいるところへも、平気で大砲をドカドカ撃つ人だ。味方殺しのバイルシュタインと恐れられている」


 バイルシュタインというのか。名前覚えられそうにないな。


 そのバイルシュタインから、通信が来たのはちょうど芽依ちゃんが船長室に入ってきた時だった。


『日本人の戦士に告ぐ。君達は煙幕に紛れてうまく隠れたつもりのようだが、私は君達がどの船に隠れたか把握している。出てこないなら、君の隠れている船をナーモ族ごと葬るつもりだ』


 それを聞いていた船長が……聞こえるように通信機をスピーカーモードにしておいたのだけど……蒼白になる。


「おい! あんな言を言っているぞ! おまえ達が、ここにいることは、ばれているのではないのか?」


 船長室の窓から外を眺めていた芽依ちゃんが、船長の方へ振り返る。


「大丈夫ですよ、船長さん。安心して下さい」


 顔は見えないが、ヘルメットの中で満面の笑みを浮かべている芽衣ちゃんが目に浮ぶ。


「大丈夫なのか? バイルシュタインの言っている事は、はったりなのか?」


 まあ、はったりだろうな。


「さあ? バイルシュタインさんという人の言っている事が、はったりかどうかは私に分かりません。でも、この船のナーモ族は全員救命ボートで逃げてもらいました。ですから、この船が攻撃されても、ナーモ族のみなさんが巻き込まれる心配はありませんから、安心して下さい」

「そうか、それなら安心……できるか! ていうか、おまえナーモ族を逃がしただと! この船の漕ぎ手は、どうするんだ!?」

「ええっと……それは……」

 

 答えに困った芽依ちゃんに代わり、僕が答える。


「漕ぎ手なら、いるじゃないか」

「どこに?」


 僕は無言でビシっと船長を指さした。


「え? わしが……」

「あんたが嫌なら、部下にやらせればいい」

「いや……しかし、わしの部下はみんな貴族なので、船を漕ぐなんて下賤の者がやることなど……」

「いやなら、ここに一生いるんだな」

「そんなあ!」


 芽依ちゃんが窓を指さして僕の方へ降り返ったのは、船長が情けない声を出した時だった。

 

「北村さん。あれを見て下さい」


 その窓からは《マカロフ》の様子が見えていたのだが……


「おい! なにがあった?」


 船長が不安そうな声を上げる。


「まさか、レーザーがこっちを向いているのか?」

「はい。レーザーなら、こっちを向いていますけど……」

「なんだとう! おまえらがいることが、ばれているではないか! 出て行ってくれ! 今すぐ!」

「もちろん出て行くよ。芽依ちゃん、行くよ」

「はい。それじゃあ船長さん。お世話になりました。また今度、お会いしましょう」

「二度と来るなあ!」


 船長に怒声を背に浴びながら、僕らは壁をぶち破って外へ飛び出した。

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