第218話 タトゥ

「お兄ちゃん」


 ミクが駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん。あたしに、名案があるのだけど」

「なんだ?」

「あんな面倒くさい女たちなんか、ふっちゃって、あたしと付き合おうよ」


 ダメだ……こいつじゃ助けにならん……


 ミールと香子の方を見ると、二人は無言で睨み合っていた。


 先に口を開いたのはミール。


「カトリさん、一つお聞きしたいのですけど」

「なんでしょう?」

「カイトさんは、プリンターという機械で再生されたのですよね?」

「そうですけど」

「もう一人、再生できないのですか?」


 え?


「そう言えば……その手があった」

「ご主人様。それは甘いです」


 Pちゃんは首を横にふっていた。


「甘いの?」

「一つの惑星上で、同じ人間を再生する事は、プリンター使用ガイドラインで禁止されています」

「禁止? だって矢納課長は、三人再生したって……」

「だから、あの人がやった事は違法行為です」

「しかし、僕は二人目だろ?」

「それは、前のご主人様がお亡くなりになったからです。同時に存在しなければ問題ありませんが、同時に存在する事は許されません」


 タイムパラドックスみたいだな……


「まって。できるわ」


 そう言ったのは香子。


「一つの惑星上で同じ人間を作ってはならないのは、犯罪防止のため。海斗のコピーを新たに作ったとしても、それが今のカイトと肉眼で識別可能なら許可されるはずよ」

「本当か? でも、どうやって識別するんだ?」

「例えば、海斗の身体に入れ墨タトゥーを入れるとか」


 入れ墨タトゥー! 痛そうだな……やだな……


入れ墨タトゥーですか。任せて下さい。あたし入れ墨タトゥー掘るの、得意ですから」

「ちょっと! ミール! 僕はまだタトゥーなんて」

「大丈夫です。痛くないように、やってあげますから」

「いや、絶対痛いだろう!」

「大丈夫ですよ。なんでしたら……」


 ミールは袖をまくり上げた。そこには花の入れ墨タトゥーが彫ってある。


「あたしとお揃いにしますか?」


 僕は香子の方を向いた。


「香子。入れ墨タトゥーなんかしなくても、新たに再生される僕にICタグを入れれば……」

「ダメ。肉眼で識別可能にしないと。ICタグが肉眼で見えるの」

「無理だ」

入れ墨タトゥーを入れるのが嫌なら、私かミールさんか、この場ではっきりして」

「う……それは……」

「香子姉。それは無理だよ」


 そう言ったのはミク。


「ミクちゃん!? あなたも再生されたの?」

「お兄ちゃんに、メッセージを届けるためにね。だけど、母船のマテリアルカートリッジが残り少なくて、人間を再生するのは、あたしで最後だって」

「え?」

「だから、お兄ちゃんを、もう一人作る事は無理」

「そんなあ、せっかくカイトさんに、あたしとお揃いの入れ墨タトゥーを入れられると思ったのに」


 だから、それは嫌だって……


「マテリアルカートリッジならあるわ」


 え? 僕は香子に目を向けた。


「三十年前に《天竜》がこの砂漠に不時着したわ。その後で、帝国の核攻撃でブリンターが破壊されたけど、マテリアルカートリッジは丸丸残っているの」

「なんだって?」

「カイトさん。早速、複製をつくりましょう! あ! その前に入れ墨タトゥーでしたね」

「いやだあ!」

「なんで、そんなに嫌なのですか? 入れ墨タトゥーぐらい……」

「待って、ミールさん。海斗の持ってきたプリンターでは人間の複製は出来ないわ」


 ミールは香子の方を振り向く。


「どうしてですか?」

「人間など、内部に流体がある物体を再生するには、無重力状態である必要があるの。つまり、人間を再生するには、ここにあるカートリッジを衛星軌道上の母船に送り届ける必要があるのよ」

「よく、分かりませんが、すぐには無理という事ですか?」

「そう。それに、カートリッジは《天竜》の人たちの財産。まずは交渉して譲ってもらわないと。その後で、母船にカートリッジを届ける方法を考えないとね」

「という事は、時間はかかるけど、カイトさんの複製は作れるという事ですね。では、入れ墨タトゥーだけでも、先に……」

「嫌だあ!」

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