第212話 Pちゃん再起動

「Pちゃん、壊れていないかな?」

「今、診断しますね」

 

 芽衣ちゃんは、Pちゃんの頭にPCを繋いだ。


「腕のアクチェーターが、いくつかダメになっていますが、この程度なら自動修復システムで治ります。他に壊れているところはありません」


 よかった。


「今度は、大丈夫でしょうね?」

 

 ミールが疑わしそうな目で見守る中、Pちゃんは目を点滅させて再起動していた。


「大丈夫です。たぶん……」

「たぶんて……」


 Pちゃんの目の点滅が止まった。


「P0371 システム起動しました」


 再び、Pちゃんは周囲をキョロキョロと見回した。


 また、視線を僕に固定する。


「ご主人様。どうかなさいましたか?」

「え? なんで?」

「いえ。ご主人様が、何かを警戒されている様な目をされていましたので」

「いや、なんでもないんだよ。なんでも……」


 どうやら治ったようだ。


 不意にPちゃんのアンテナがピコピコと動いた。


「ご主人様。母船から連絡です」

「え? そういえば、そろそろ来るころだったな」

「映像を出します」


 トレーラーの壁に、Pちゃんはプロジェクションマッピングで映像を出した。


 そこに現れたのは少し老けた僕……


『やあ。そっちの香子には会えたかい?』

「まだだ。芽衣ちゃんには会えたが」

『そうか。それを聞いたら船長が喜ぶだろうな』

「ついでに言うと、矢納課長とも接触した」

『なに?』


 僕はかいつまんで経緯を話した。


『そうか。大変だったな』

「そっちは、何か分かった?」

『矢納課長がデータを取った経緯は聞いたな。その後、電脳空間サイバースペースの住民になった矢納課長はずっと僕の近くにいながら、復讐の機会を狙っていたらしい』

「気が付かなかったのか?」

『全然気が付かなかった。ただ、以前から『変なおじさんを近くで見かける』とミクが言っていたが、ミクを狙った変質者かと思っていた。今、ミク本人に矢納課長の写真を見せたらこいつだと』

「二百年も、付け狙われていて気が付かなかったのか?」

『面目ない。向こうも気づかれないように慎重に行動していたようだ』

「《イサナ》では、どうだったの?」

『《イサナ》の電脳空間サイバースペースでも、最初から活動していた。休眠状態なんかになっていない。《イサナ》の航路が外れたのも、あの人の工作だったことが分かった。しかも、僕がやったように見せるために巧妙な偽装工作までやって』

「濡れ衣を着せられたのか?」

『それがさ、あまりにも巧妙すぎて、誰もそれを破壊活動とは気が付かないで、単なる事故だと思っていたんだ』

「なんで、今頃になってそれが分かったの?」

『さっき、本人を捕まえて、白状させた。というより、記憶を強制的に抽出したのだよ。これから、裁判にかけられることになるが、よくて永久休眠、悪けりゃ強制削除は免れないな』


 無期懲役か死刑って事か。


『だから、矢納課長のコピーがこれ以上現れる事はない。そっちのコピー人間さえ片付ければ完全にいなくなる』

「そうか」

『ただし、矢納課長はコピーを三人作っていた事が分かったから、そのつもりでいてくれ』

「一人でも多すぎるのに……まだ二人もいるのか?」

『ゴキブリよりマシと思えばいい』


 ゴキブリの方がマシだ……


『それと矢納課長が僕を恨んだ理由だが、おおむね君の聞いた通りだけど、若干違うところがある』

「違う? どこが?」

『僕のSNSへの書き込みが原因というのは本当だが、パワハラは原因じゃない。そもそも抗議が殺到したというのは嘘だ。会社名を隠して書いたのだから、殺到するほどの抗議はこない』


 確かに会社名は書かなかったが、鬼女さん達が特定したのかと思っていた。


『以前に矢納課長から『俺の奢りだ』と言って飲みにつれて行かれただろ』

「ああ。奢りとか言いながら、伝票を僕に渡して会社の会計に適当な理由つけて経費で落とせと言われたが……」


 結局、あの時の飲み代は僕が自腹を切ったのだ。


『それを社長が読んでしまって『他にもやっていないか調べろ』という事になったんだ。その結果、矢納課長はその手口で総額五千万の金を会社から横領していたことが発覚した』


 そりゃあクビになるな。


『その後、矢納課長は懲戒解雇の後、会社に横領で告訴されて執行猶予つきの懲役刑を食らった。データを取ったのはその直後さ』

「データを取った直後に、僕のSNSを読んだ人に殺されたと言っていたけど……」

『それも嘘。本当は酒飲んで行きずりの相手と喧嘩して殺されただけ。君に罪悪感を抱かせるために、そんな事を言ったのだろう』

「そうだったのか。しかし、二百年も恨み続けるなんて……」

『それは、そうと。さっき君が言っていた中の人だが、こっちでも確認された。被洗脳者の中に別人格が入り込み、元の人格を支配下に置いていたんだ』

「やはりそうか。では、多重人格の治療法で治せないか?」

『それは僕には分からない。心理学者たちが検討しているところだ』

「そうか」


 それからしばらく、僕らはいくつか打ち合わせをして通信を終えた。

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