第163話 ブラック上司1
「ハックション!」
寒気もないのに、突然くしゃみが出たのは、宿屋の駐車場で出発の準備をしている時の事。
砂漠に入る前に、車のエアフィルターやタイヤを砂漠仕様の物に交換している途中、突然くしゃみが出たのだ。
「カイトさん、風邪ですか?」
横からミールが心配そうな眼差しを向ける。
「いや、風邪ではないみたいなんだが……」
砂漠に近い町だし、目には見えないが微粒子が漂っているのかな?
「お兄ちゃんを恨んでいる人が、悪口を言ってるのだよ」
声の方に目を向けると、トレーラーの屋根にミクがちょこんと座ってニヤニヤしていた。
「馬鹿言え。僕は人から恨まれるような覚えは……」
いや、少しは……はいはい、ありまくりです。
逆恨みとはいえ、帝国軍から、恨み買いまくっているのは確かだ……
昨日は、ボラーゾフとかいうヤクザからも恨みを買ったし……
地球にいる時なら『僕は人から恨まれる覚えはない』と自信を持って言えたのに……
本当に、なかったのだろうか?
「確かに、知らない間に恨みを買った可能性は、無いとは言い切れないな」
「お兄ちゃん。何か忘れてない?」
ミクはトレーラーの屋根から、僕の目前にスタっと飛び降りた。
「まさか、ミク。昨夜、僕に説教された事を恨んでいるのか?」
「恨んでないよ」
「じゃあ、僕が何を忘れているって?」
「お兄ちゃんも、あたしもコピー人間だよ」
「それが……どうかしたか?」
「あたしはこの惑星で再生されるのは初めてだけど、お兄ちゃんは二度目だよ。前のコピーが、恨みを買うような事していたよ」
「どんな事?」
「ううんとね……前のお兄ちゃん、ロボットスーツ隊の隊長やってたじゃない。その時に、部下の一人がお兄ちゃんに、こっぴどく怒られたって話を聞いているよ」
「なんだって?」
昨日、芽衣ちゃんから送られてきた洗脳者の名簿をウエラブル端末に表示した。
Pちゃんの説明では、プレインレターで洗脳された人は、元の人格も残っているので友達だった人を簡単には殺せないそうだ。
実際、カルルは執拗に僕を懐柔しようとしていた。カルルは洗脳されてもなお、僕を殺したくなかったのかもしれない。
洗脳者が誰かを殺したとしたら、洗脳者は洗脳される前から相手を殺したいほど恨んでいたか、元々殺人に対して抵抗がない人間ということになる。
では、シャトルを落としたドローンは、リトル東京を脱走した四人だけが関わっていて、カルルは操縦していなかったのでは? だとすると、その四人は僕に恨みがあるのか?
名簿の中に、ロボットスーツ隊の隊員がいたはずだが……あった!
『逃亡中』
2030年データ収集
『逃亡中』
2035年データ収集
この二人は、僕の元部下らしい。
「ミク。そいつは、この中にいるか?」
ミクが端末を覗き込む。
「ああ! この矢部って人だったと思う」
「矢部は何をやって、僕に怒られたんだ?」
「女性隊員に、セクハラをやったって聞いてるよ」
こいつも逆恨みか。
しかし、僕なんかに叱責されたって別に怖くもないだろうに……あ! でも、僕って結構イヤミを言うからな。
今度から、口には気をつけよう。
「それとね、この人もお兄ちゃんを恨んでいるかも」
ミクは名簿の一ヶ所を指差した。
『逃亡中』
2040年データ収集
かなりの美女だな。
「なんで、この人から僕が恨まれるんだ?」
「お兄ちゃんに、フラれたって聞いてるよ」
「フッた!? 僕がこんな美女を?」
「どんな美女ですって?」
ギク!
ミールが端末を覗き込んできた。微笑みを浮かべているが、目が笑っていない。
「いや……その……」
「分かっています。関わりがあるのは、前のカイトさんですよね」
「そ……そうだ! 今の僕は関わりない」
「それで、ミクちゃん。前のカイトさんは、どのような状況で、この女と付き合っていたのですか?」
「付き合ってないよ。お兄ちゃんはこの女にコクられたけど、婚約しているからって断ったんだよ」
「なあんだ、そうでしたの」
いやいやいや、変だろう。
こんな美女が僕にコクるなんて……
その時点ですでに洗脳されていて、僕から極秘情報を聞き出す目的だったかもしれない。
いや……それより問題なのが、名簿にもう一人いる。
最初は名前が似ているだけかと思っていたが、写真を見るとやはり似ている。
カマキリを思わせるこの顔……
『逃亡中』
20XX年データ収集
まだ日本で会社に勤めていた時に、僕をさんざんイビッたブラック上司と同じ名前……
たまたま、同じ名前の人と思いたかったが……こうして改めて見ると、やはり同一人物と考えて間違えないだろうな。
矢納課長!? なぜ、こんなところに?
データを取られたのが、僕の三年後ぐらい。
いったい、この人に何があったんだ?
いや、データを取るのはいいとしても、何も《イサナ》に乗り込まなくても……
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