第107話 帝国の文明はなぜここまで退化したか?
『おまえ、帝国人を見て変だと思わなかったか? なぜ文明が、ここまで退化したのか』
「まあ、確かに変だなと思ったけど。マテリアルカートリッジを使い切って、地球の製品を作れなくなったのは分かる。だったら、この惑星の資源を利用して、もう少しマシな文明を築けると思うけどな」
『俺達のデータが取られたのは二十一世紀の初頭だ。その頃は、まだマルチプリンターはなかった。一方で、帝国人のコピー人間のデータは、二十一世紀の終わり頃から二十二世紀の初め頃に取られた。この違いは分かるか?』
「いや。何が違うんだ?」
『その時代には、マルチプリンターがすっかり普及していた。あんな機械が当たり前のように普及したら、どうなると思う?』
「さあ?」
『製造業は滅びる。プリンターさえあれば車でも時計でも、PCでも、欲しい物はなんでもプリンターで作れるからな。その結果、物を作る技術は忘れられていった。帝国のコピー人間は、そんな人間のデータから作られたのだ。科学知識はあっても、それを生かす技術がなかった。だから、文明がここまで後退した』
「いや、いくらなんでも、製造業が滅びるなんてことは……それじゃあ、プリンターはどうやって作る?」
『プリンターはプリンターで作ればいい』
「ああ、なるほど」
『ただ、マテリアルカートリッジだけは、プリンターでは作れない。そのために純粋な元素を精製する工場だけは残った。だが、それも必要な機械や機材は、すべてプリンターで作っている。もちろん、その工場もすべてAIが管理する無人工場だ』
「でも、プリンターでは作れない物もあると聞いたぞ。マテリアルカートリッジでは放射性物質は扱えないから、原爆はいらないにしても一部医療機器とか非破壊検査の機器は? それと非バリオン物質を使う重力制御は?」
『それも同じだ。プリンターで直接作れなくても、プリンターで作った機器を、AIが操作して作っている。人間の介在する余地はない』
「じゃあ、その時代の人間は仕事がないじゃないか? その調子だと、サービス業とかも全部AI任せなんだろう?」
『その通りだ。その時代の人間は、働かなくてもベーシックインカムで食べていける。仕事がある人間もいるが、ほとんど三十歳でリタイアだ』
ううむ……それって理想社会ではないだろうか?
しかし、これって……
「国民総ニートって、こと?」
『まあそうだな。職業経験のないニートばかりの社会。そんな奴らのデータから作られたコピー人間。それが帝国人の祖先だ。この惑星に降りたはいいが、生活はすっかりプリンター頼り。結果、マテリアルカートリッジを使い切ったら、文明は大きく後退した』
「リトル東京は、どうやっていたんだ?」
『そっちでは、プリンターで直接製品を作らずに、工作機械や土木機械を作った。それを使ってこの惑星の資源を使い製品を作っていた。今ではもう、プリンターにはほとんど頼らない生産体制ができている』
「帝国では、工作機械を作らなかったのか?」
『最初は作っていたらしい。しかし、誰もまともに使いこなせなかった。そのうち、帝国民の間では物作りを忌避する風潮が出てきてな。製品を作るなんて事は、卑しい奴隷がやる事と考えるようになっていった。今では、ナーモ族の奴隷なしでは、生活が成り立たない状態だ』
「帝国の人間は、その状況に危機感はないの?」
『あるさ。上層部の方ではな。だから、工業学校を作って、子供たちに物作りを教えようとしているのだが、肝心の講師がいない』
「そりゃあ、そうだろう」
『というわけで、おまえ、帝国に来て講師をやらないか?』
何が、というわけか知らんが……
「断る」
『即答かよ。少しは考慮してくれても……』
「考える事なんか何もない。前にも言ったが、帝国の悪事に加担するのはごめんだ」
『悪事というけどな、リトル東京の要求も無茶苦茶だぞ。すでにここに住んでいる人間に、土地を手放せと言っている。そんな事をしたら帝国人は生きていけない』
「知るか」
『知るかって、そんな薄情な……』
「自業自得だ。そもそも、そこに住んでいたナーモ族を武力で追い出しておいて、自分たちが同じ目に遭うのは嫌だって? どんだけ我がままだよ」
『帝国人は、同じ地球人だぞ。同胞だぞ。ナーモ族なんて異種族じゃないか』
「それがどうした?」
『どうしたって?』
「これ以上話しても無駄だな。僕は絶対にお前の仲間になんかならない」
『いいのか? お前は、ミールに惚れているのだろ?』
「な……なんで、いきなりそういう話になる?」
『このまま俺の話を断れば、もう二度とミールには会えなくなるぞ』
「ミールを殺す気か?」
『まさか。ただ、ミールはこのまま帝都に連れて行くという事さ』
「そうは、ならない」
『ほう。どうしてだ?』
「ミールは、僕が取り返す」
『できると思っているのか? おまえが潜入させようとしたドローンは、すべて潰したぞ』
かまうものか。ドローン潜入は、作戦その一に過ぎない。
ドローン潜入がダメなら、作戦その二に切り替えるまでの事。
奴のレーザーは、おそらくフッ素と水素を反応させている
水素は簡単に手に入るが、フッ素の単離はかなり難しい。この惑星の技術水準じゃ無理だ。
となると、純粋なフッ素はプリンターを使うしかない。
多数の小型ドローンで特攻をさせて行けば、いずれフッ素を使い切るはずだ。
『まさか、ロボットスーツで城に突入する気じゃないだろうな?』
「まさか。途中でバッテリー切れになるだけだ。そっちこそ、レーザーを過信しすぎていないか? フッ素だって無限じゃないだろう?」
『フッ素? おまえ、あれを
「え? あれだけコンパクトで高出力なら……」
『その様子だと、大量のドローンを投入して、こっちの燃料切れを狙おうとか考えているな』
ばれてたか。
「さあね。それを教えるとでも……」
「カートリッジの無駄遣いをされては、かなわんから教えといてやろう。あれは半導体レーザーだ。電力がある限り、いくらでも撃てる』
「半導体レーザー!?」
『ここが、俺達の時代より二百年後だと忘れていないか? 半導体レーザーでも、これだけコンパクトで高出力の物があるのだよ。いいか、くれぐれも飽和攻撃なんてやって、マテリアルカートリッジの無駄遣いなんかするなよ』
「考えておく」
そして、翌々日……
『おまえなあ!』
PC画面の中で、カルルは額に青筋を浮かべていた。
まだ、奴は僕のドローンを壊さないで取っておいたので、こうやって通信ができるわけだ。
『飽和攻撃するなって言ったろ! なんでやるんだよ』
レーダーには、百八つの光点が映っている。
ただし、すべて分厚い雨雲の上にある。
奴のレーザーも、雨雲を抜ける事はできないから、ここにいる間は安全だ。
「『やるな』と言われると、やりたくなる性分なもので」
『ふざけるな! ドローンを百八機も作りやがって。マテリアルカートリッジを無駄遣いするな』
「どうしようと僕の勝手だ」
『だーかーら、飽和攻撃は、やるだけ無駄だと言ってるだろ』
「よほど都合が悪いようだな。飽和攻撃をされると」
『別に悪くなんかない。これから俺の物になる予定のマテリアルカートリッジを無駄に減らされたくないだけだ』
「心配ない。カートリッジは絶対にお前には渡さないよ」
僕はPちゃんの方を向いた。
「第一次攻撃隊発進」
「了解でーす」
Pちゃんの頭のアンテナがピコピコと動いた。
レーダーの中で十個の光点が城目がけて落下を開始する。
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