第103話 いつ使うか? 今でしょ

「すでに、手持ちの魔法回復薬は使い切っていて、か弱いあたしには抵抗する術もなく、捕まってしまったのです。仕方なく、ルッコラたちだけでも逃がす事にしました。その後、城の中に潜伏していた分身達はカルル・エステスに、ことごく見破られ、憑代を破壊されてしまいました。残った分身はルッコラに乗っていた、この一体だけです」


 ミールの分身は、経緯を語り終えた。

 

 それにしても、帝国人の……それも男の姿で『あたし』というのは抵抗感じるな。


 いや、翻訳機が自動的に訳しているわけだから仕方ないか。


 ナーモ語には日本語と同じく、男性用の一人称と女性用の一人称があり、女性用の一人称を『あたし』と翻訳するように設定しているらしい。


「ミール姉チャン、窓ニ引ッカカッタノ、胸ジャナクテ、オシ……」


 何か言いかけたルッコラの口を、ミールは慌てて押さえてそれ以上喋らせなかった。


 その事は深く追求しない方がよさそうだね。


 話題を変えよう。それが平和のためだ。


「ミール。どうして、真っ直ぐここへ戻ってこなかったんだい?」

「上空から見ると、この場所がまったく分からなくて……」


 仕方なく、ミールはそのままルッコラに乗って、ベジドラゴンたちの群れが集う森に行ったというのだ。


 ミールの話を聞いたベジドラゴンたちは激怒して、帝国軍に報復する事になったらしい。


 ただし、報復をするのは大人たちだけで、子供たちの参加は許されなかった。


 なので、エシャーたちは大人たちの群れから離れたところを飛んでいた。


 そんな時に、僕のドローンと遭遇したわけだ。


 そしてドローンに誘導されてルッコラはここへ降りてきた。


 他の子供たちは、まだ大人の群れを追いかけている。


 別れる前にエシャーには、レーザーの事を説明して『攻撃を待て』と大人たちに伝えるように言っておいたけど、ちゃんと伝わったかな?


「ミールさん、今の話、かなり改竄されていますね」

「Pちゃん、すべて本当ですよ。改竄なんかありません」


 また、始まった……頭痛い……


「ご主人様とミールさんの通信記録は、すべて私のメモリーに記録されております。したがって、事実と異なる事を言うと、すぐに分かりますよ」

「う……聞いていたの」

「ご主人様は、ミールさんにプロポーズのような事は言っておりません。『この戦いが終わったら結婚しよう』なんて死亡フラグを、勝手に立てないで下さい」

「科学の力で動いているお人形さんが、死亡フラグなんて非科学的な事を言うとは思いませんでしたわ」

「なんとでも言って下さい。そもそも、ご主人様はヘタレですから、女性に迫られるとパニックに陥り、まともな返事ができなくなるのです。プロポーズなんか、できるはずありません」


 ヘタレで悪かったな。


 それはともかく……


「ミール。その分身は、後どのくらい維持できるの?」

「他の分身を作らなければ、二日は維持できます」

「二日!? 今までは、そんなに……」

「だから、これ一体だけならですよ。一度に何体も分身を出すと、それだけ持続時間も短くなるのです」


 そういう設定だったのか。


「もっとも、今は新たな分身を作ろうにも、憑代をすべて取り上げられてしまっているので作れません。この一体を大切に使わないと」


 この分身が消えたら、連絡も取れなくなる。救出のタイムリミットは二日しかないってことか。


「カイト!」


 頭上からエシャーの声。


 見上げるとエシャーが降りてくるところだった。


「カイト! オ父サンタチ、助ケテ!」

「え?」

「城カラ変ナ光ガ出テ、仲間ガ落トサレテイル」

「なんだって? 攻撃しちゃったのか?」

「ゴメン、カイト。止メラレナカッタ」


 やはり、ちゃんと伝わらなかったか。


 ドローンを上げて、城の方へカメラを向けてみた。


 ちょうど雲間を抜けた二頭のベジドラゴンが、急降下して城に向かう様子が映る。


 しかし、城から伸びた光の刃がベジドラゴンを切り刻んでしまった。

 

 このままでは、みんなやられてしまう。止めさせないと……


「エシャー! すぐにみんなを呼び戻……」 


 いや、このままエシャーを行かせたら、エシャーもレーザーでやられる。


 どうすれば……


「カイト、オ願イ……」


 レーザー光線を防ぐのに、効果があるのは、なんだったっけ?


 セラミック装甲、鏡、雨、水蒸気、煙、粉塵……


 セラミック装甲や鏡は問題外。そんな物今から作っている余裕なんかないし、あったとしてもこの状況では役に立たない。


 雨が降れば、かなりレーザーは弱くなるが、雨が降るまで待ってなどいられない。


 水蒸気。どこにボイラーがある?


 煙幕なら、レーザーをかなり弱めるはず。


 しかし、今から煙幕を張ろうにも、発煙弾を作っている余裕は……


 あるぞ! 今すぐ、城を土煙で覆う方法。


 PCを手に取った。


 城との通信を維持するために上げておいた中継用ドローンは無事だろうか?


 あれが落とされていたら万事休すだが……無事だった! 繋がるぞ。


 PCにコマンドを叩き込む。


 できればこの手段、ミールを救出するときまで取っておきたかったが仕方ない。


 弾薬庫に仕掛けた爆弾を、いつ使うか? 今でしょ!


 後は、エンターキーを押すだけ。 


「エシャー。今から城が土煙に包まれるはずだ。それを確認したら、みんなのところへ行って、呼び戻して来い。城に近づくと危険だと僕が言っていたと」

「分カッタ」

「いいか。土煙に包まれたらだぞ……て、おい! まだ話は終わっていない。行くな!」


 ダメだ。エシャーはもう飛び立ってしまった。


 僕の声は、聞こえていない。


 こうなったら……


 一か八かエンターキーを押した。


 今、弾薬庫に仕掛けた爆弾が爆発したはず。


 しかし、それで城を覆い尽くすほどの土煙が発生するだろうか?


 レーザー砲は屋上にあったから、そこまで届かないと効果がない。


 ドーン!


 凄まじい音が聞こえてきた。

  

「カイトさん! この音は?」 


 ミールの分身が、耳を押さえている。


「この前、弾薬庫に仕掛けた爆弾に点火した」


 ドローンの映像を見ると、城はすっかり土煙に覆われているのが分かった。


 ためしにドローンを城に近づけてみたが、レーザー攻撃はない。


 いや、攻撃はされていた。


 ただ、土煙に遮られて威力がかなり弱くなっていたようだ。


 ドローンに当たってはいるが、全く効果がない。


 これなら、しばらくレーザーは使えないだろう。


 だが、ベジドラゴンたちの犠牲は小さくなかった。


 雲の上で待機していた長老のところへエシャーが進言に行き、撤退命令が出るまでに三十二頭がレーザーの餌食になり、落とされたのだ。

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