第102話 ミールの事情

 いつまでも鳴り止まぬ轟音に、檻に閉じこめられていたベジドラゴンの子供たちは、すっかり怯えていた。


「痛イヨ。ママ!」


 その中の一頭、ルッコラは、ムチで叩かれた傷の痛みで涙が止まらなかった。

 檻の中に、一人の兵士が入ってくる。

 兵士は一度周囲を見回すと、懐から傷薬を取り出してルッコラの傷に塗り込んでいった。


「しっかりしなさい。男の子でしょ」


 兵士はナーモ語を喋った。

 ここ数日、意味不明の帝国語に囲まれていたルッコラは、久々に意味の分かる言葉を聞いて驚いた。


「誰?」

「あたしはミケ村のミール。この兵士は、あたしが作った分身よ」

「ミール姉チャンナノ?」

「あたしの事を知っているの?」

「エシャー姉チャン、言ッテタ。勇者カイトノ恋人」

「まあ」


 この時、見張り塔にいるミール本人は頬を赤らめていた。


「あなたたちを、檻から出すわ。飛べるわね?」

「ダメ、雷怖イ」

「大丈夫よ。この音は、雷じゃない」


 それでも、ベジドラゴンたちの怯えは止まらない。


「もう」


 見張り塔のミール本人は、ぎこちない手付きで通信機を操作した。


「カイトさん。ドローンの騒音何とかなりませんか? ベジドラゴンたちが怯えてしまって、飛び立てません。 

 分かりました。ご武運をお祈りします」


 ミールは、通信機を切ると檻にいる分身を操作した。

 怯えているベジドラゴンたちに話しかける。


「あなたたち、しっかりなさい。あの音は雷じゃないの。勇者カイトが、あなたたちを助けるために、悪い人と戦っている音なのよ」


 ルッコラが、ミールの分身に目を向ける。


「勇者カイト、来テクレタ?」

「そうよ。もう少しの辛抱だから……」


 ルッコラは、他の二頭に話しかけた。

 しかし、他の二頭の怯えは収まらない。


「しょうがないわね。とにかく、もうすぐ音が収まるから、逃げる準備をしておいて」

「分カッタ」


 ルッコラは、他の二頭に通訳する。

 ナーモ語はルッコラにしか分からないからだ。


「ねえ、ルッコラ。あなた、人は乗せられるわね?」

「ウン」

「じゃあ、逃げる時に、あたしも乗せてね」

「鎧、アッタラ、無理」

「鎧? ああ、大丈夫。これは分身と言って……」


 そこまで、言い掛けてミールは、はっと思い出した。本体の自分も帝国軍の鎧を付けていたのだ。


「とにかく、鎧を外すから見張り塔の窓まで来てね。あたしは窓から飛び移るから」

「ウン、分カッタ」    


 見張り塔のミール本体が鎧を外そうとしたが、うまく外せないで悪戦苦闘していた。

 そこへ通信機のコール音。


「待ってください。カイトさん。着替えるのを忘れてました。

 帝国兵に変装したままだったのですよ。このままだと、鎧が重くてベジドラゴンが飛べません。

 それが鎧が引っかかってなかなか、とにかく急ぎます」


 通信機を切って、しばらくしてから、ようやく鎧が外れた。

 汗だらけのシャツとズボンを脱ぎ捨て、いつも着ている貫頭衣に手を伸ばしたその時、突然部屋のドアが開く。

 見知らぬ男がミールのセミヌードを凝視していた。


「きゃああああ!」


 思わず悲鳴を上げるミール。


「エッチ! 痴漢! 変態!」


 ミールは、手近にあった物を男に投げつけた。


「すみません! 部屋を、間違えました」


 そう言い残して男は逃げて行く。

 ミールは通信機でカイトを呼び出した。


「うえーん! カイトさん。変な男に、着替えを覗かれました。

ミールは、もうお嫁にいけません。エグ……エグ……」

『大丈夫だよ。ミール。僕の嫁になってくれ』

「本当ですか?」

『ああ。この戦いが終わったら結婚しよう』

「嬉しい」


 通信機を切って、窓に目を向けると分身を載せたルッコラが窓の外で滞空している。

 ミールは窓から外へ出ようとした。


「ああ! 胸が大きすぎて出られない。ルッコラ、屋上に回って」


 屋上に出ようとして、ミールは部屋を出た。

 たが、そこには、さっき部屋を覗いた男が待ち構えていたのである。

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