第5話 ここはマジに地球じゃなかった

 どうやら、訴えるのは無理のようだ。


 ここは、マジに地球じゃなかった。


 不時着したシャトルから外へ出た時、僕はそれを思い知らされた。


 そこには、異様な光景が広がっていたのだ。


 最初に見たとき、巨大な鏡の上にいるのかと思ったが、すぐに違うと分かった。


 おそらく、ここは乾いた塩湖なのだろう。 


 乾いた塩湖というのは、どこまでも平らな塩の平原が続いている。不時着には、もってこいの地形だ。ポイントSのSとは、たぶんSALTのSなんだろう。


 さて、塩の平原に雨が降ると、薄い水の層ができて広大な鏡のような光景が現れる。天空の鏡を思わせる幻想的な光景だが、これ自体は別に異様ではない。


 地球でも、南米ボリビアのウユニ塩湖に行けば見られる。


 では、ここはボリビアか? 


 絶対に違う。


 ボリビアに、巨大な翼竜のような生物はいない。


 翼竜が塩湖に降りて、塩をペロペロと舐めて飛び去って行くなどという光景は見られない。


 いや、地球上のどこにもそんな生物はいない。


 まして、地球に月が三つもあるわけがない。


 昼間だが、うっすらと大きさの違う三つの月が見える。


 間違いなく、ここは地球以外の惑星だ。


「お怪我はありませんでしたか? ご主人様」


 背後から声がした。


 振り向くと、シャトルの入り口にメイド服を着た、十代半ばぐらいの女の子がいる。


 なんで、こんなところにメイドさんが?


 てか、ご主人様って誰の事だ?


 周囲を見回したが他に誰もいない。


 という事は僕の事か?


「君、誰?」

「私ですよ。私……」


 そう言われても、メイドさんに知り合いはいないんだが……


 カシャ!! 


 なんだ? 彼女の頭から二本の角が生えたぞ。


 いや、あれは角じゃない。


 アンテナ!? という事は……


「君……ロボットなのか?」

「そうですけど」


 ん? ひょっとして……


「Pちゃんか?」

「はい」

「死んだのかと思ったぞ」

「私も死ぬかと思いました。メインコンピューターに直撃受けた時、とっさにシャトルのコントロールをサブコンピューターに預けて、私はこの人型筐体にデータを移し替えたのです」

「そうなのか? しかし、誰が攻撃して来たんだ?」

「データがありません」

「データ?」

「メインコンピューターのメモリなら、攻撃者に関するデータがあった可能性がありますが、この人型筐体の記憶容量は、メインコンピューターの十万分の一しかありませんので、必要最低限のデータしか移せなかったのです」

「そうか。それでは聞くけど、ここはいったいどこなんだ?」

「塩湖。名称未定」

「塩湖なのは、見ればわかる。この惑星は、地球からどっちの方向へ、どれだけ離れているんだ?」

「データがありません」

「じゃあ聞くが、僕が誰なるのかわかるか?」

「ご主人様の名前は北村海斗さん」


 また、ご主人様かよ。別に悪い気はしないけど……


「199X年東京生まれ。K工科大学工学部卒。N社に就職後一年で退職。データを取った年は20XX年」


 ん? 途中まで履歴は正確だが、最後の『データを取った云々』てなんだ?


「あの……その最後のデータを取ったというのは?」

「まだ、聞いてなかったのですね」

「何を?」

「宇宙船の中で目覚める前に、何があったか覚えていますか?」

「ええっと……怪しげなモニターに応募して、怪しげな機械の中に入れられて……その中で眠り込んでしまって……そうだ!! まだ五十万もらっていないぞ」

「いいえ。すでに受け取っています」

「はあ? なにを言ってるんだ」

「謝礼なら、受け取っているはずです。ご主人様のオリジナルが」


 オリジナル? 僕のオリジナルって? どういう事だ。


「つまり、ご主人様はそのスキャナーで取られた北村海斗さんのデータを元に、プリンターで作られたコピー人間なのです」

「なんだって?」

「ちなみに、データを取られて二百年が経過しています」


 ちょ……二百年……て……


 ええっと、問題を整理してみよう。


 僕は今日、都内のあるビルにモニターに行った。


 そこで僕はデータを取られた。


 そのデータは、しかるべきプリンターがあれば人間一人再生できるほど詳細なもの。もちろん、そんなプリンターは存在しない。


 20XX年の時点では……


 しかし、データはその後も保存され続けて、やがて生きている人間を出力できるプリンターが開発された。そして二百年後の今、僕はプリンターで出力された。


 ただし、僕の記憶はデータを取られた時点で固定されていたので、機械の中でうたた寝しているうちに宇宙船の中に運ばれたと思っていた。


 実際は違った。


 僕は北村海斗であって、北村海斗じゃない。


 オリジナルは謝礼を受け取って、そしてもうとっく死んでいるはずだ。


 この僕は、二百年前に生きていた北村海斗という人物のデータを元に、プリンターで作られたんだ。


「大丈夫ですか?」


 Pちゃんが、心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。


「何が?」

「いえ、この事を知ったコピー人間の方は、たいてい取り乱したりするんですけど」

「分かってるなら、もうちっと気を使ってよ」

「すみません。何しろ私コンピューターですから」


 本当にコンピューターか? こいつ…… 


 しかし、自分でも不思議と冷静だった。


 あまりにも、突拍子のない事態なので、実感がわかないせいかもしれない。


 しかし、なんでこんな所で再生されなきゃいけないんだ?


 オリジナルの僕は、とっくに死んでいるはず。


 再生なんかしないで、そっとしておいてくれればよかったのに……


 これじゃあ、自分が死んだことにも気が付かないで彷徨っている幽霊じゃないか。


 『では、今すぐ死にますか?』と、聞かれたらそりゃ嫌に決まっている。


 だが、そもそも再生なんかされなきゃ、そんな事で悩むこともなかったのに……


 誰だか知らんが、余計な事をしやがって……


「ここに降りる前に、惑星上で僕を待っている奴がいると聞いたが……」


 僕を呼びだした奴がいるなら。たぶんそいつも地球人だろう。


 とにかく、そいつに会ってみたい。


 会って、一言、文句を言いたい。


「そいつに関するデータはあるのか?」

「ありません」


 結局、どこの誰に呼び出されたのかも、わからんのか。


「何しろ、メインから移せたのは、私の疑似人格データだけだったので」

「そうか。そのわりには僕のデータはあるんだな」

「この人型筐体は、シャトルが事故を起こした時に備えて、搭乗者をサポートするために搭載されているのです。したがって、ご主人様のデータは、シャトルが発進する前に筐体の外部メモリに入力されていました」


 搭乗者をサポート? だから、僕をご主人様と呼んでるのか。


「サポートって、君はどんな事ができるの?」

「シャトルに積んである装備の説明、身の回りのお世話、絶望して死にたくなった場合は、安楽死の補助もできます」


 物騒な補助だな。まあ、絶望もしてないし、死にたくもないからいらんけど。

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