第11話

 高座では柳星の「青菜」が掛かっていた。高座の袖で神山はそれを見ながら先日の柳生とのことを思い出していた。

『柳星くんですが、最初は独演会のつもりだったのですか?』

 神山はもし、そのつもりなら今回が二人会となったことで、柳星が高座に接する機会が少なくなってしまうと考えた。

『まあ、それは決まっていた訳ではありません。気にしないでください』

 師匠の柳生はそう言って気にしないように言った。

『先輩の高座に触れる事も大事な勉強ですから』

 神山はそれを思い出しながら柳星の「青菜」を聴いた。出来は二つ目としてはまあまあだった。流石に師匠の柳生のように前半分でお客を隠居の庭に導くよう水準には届いてはいなかったが、はんなりとした感じは良く出ていた。

「う〜ん弁慶にしておけ」

 下げを言って頭を下げると会場いっぱいの拍手が起きた。今日の客は半分以上が柳星の客で残りが釉才が出るというのでチケットを買った興味本位の客だった。無論マスコミの記者と思われる者も数名居た。

「お先に勉強させて戴きました」

 柳星が楽屋に帰って来ると入れ替わりに釉才が高座に出て行く。今日は前座を頼んであったので、彼が高座返しをしていた。

 釉才が高座に姿を表すと柳星に変わらぬ拍手が湧き起こった。高座に座り頭を上げても鳴り止まなかった。

「え〜六年ぶりの高座でございます。馬鹿な事をしでかしまして、ずっと反省しておりました。今回、復帰の道筋を与えてくれた仙蔵師匠や柳生師匠、今回一緒の高座に立ってくれた柳星くん。そして神山先生他関係者の方々に心より御礼申し上げます」

 釉才はそう口上を述べて枕に入って言った。

「え〜土地が変わると話す言葉も変わるものでして、今はテレビなどで地方の言葉などは割合耳にするものですが、昔はそうは行きません」

「百川」は普通はお祭りの話を降って本編に入って行くものだが今日の釉才は敢えてそれを変えたみたいだった。

「変えたのか」

 神山の後ろで声がした。振り向くと仙蔵だった。

「師匠!」

「今日は甲府での落語会があってな。その帰りに新宿に寄ったんだ。そうしたら今日だったと思い出してね」

 仙蔵は地方の帰りに寄ったことを説明した。

「そうだったんですか。枕変えて来ましたね。この後『四神旗』のことを説明するんですかね」

「そこはやらないと噺が進まないだろうな」

 仙蔵が言った通りに釉才は

「今でもそうですがお祭りの行列の先頭にあるのが『四神旗』と申しまして、 天の四方の方角をつかさどる神。東の青竜、西の白虎、南の朱雀、北の玄武という神を祀った旗で、これが大事な訳なんですな」

 その他に江戸の祭りの実態なども説明して噺の本編に入って行く。それを袖でじっと見ている仙蔵。やがて

「駄目だな……」

 そうポツリと呟いた。神山も

「急いてますね」

 そう言って表情を暗くした。仙蔵が

「噺そのものは問題ないが客との間が取れてないな。このままじゃ出せない」

 仙蔵の評価は尤もだと神山も思っていた

「考えれば六年人前でやってないのですからね」

「ああ、幾ら壁に向かって稽古していても客の前で話さないと噺は確立しない。仕方ないな」

「どうするのですか」

「時間は未だある。尤も本人次第だがな」

 仙蔵が考えている内容を神山もある程度は予想出来る気がするのだった」

「たんとではねえ〜たった一つだ」

 下げを言って拍手の中、釉才が高座を降りて来た「お仲入り〜」の声が会場に響く。

「お先に勉強……仙蔵師匠!」

「近くまで来たから寄ってみたんだ。出来が気になってな」

 釉才はそれを聞いて

「申し訳ありません。稽古は欠かさなかったのですが、間が思うように取れなくて」

 そう言ってうなだれた。

「客は生き物だからな。仕方ない」

 仙蔵はそう言って釉才の肩に手を置いた。そして

「本気でやる気あるか?」

 そう言って釉才の目を見つめた。

「あります! やらせてください」

 じっと眼差しを見つめていた仙蔵だが

「判った。俺の顔であちこちの会に出られるようにする。客との間が掴めるのは本物の高座だけだ。今日の出来は録音スタジオでCDなどの録音を録るなら何の問題も無いだろう。だが生の高座はそうは行かない。生き物だからな。それを掴むには回数が必要なんだ」

 二人のやり取りを見ていた神山は

「具体的にはどうするのですか?」

「協会の二階でやってる『裏門亭』にも出て貰うし、他に空きのある会にも出て貰う。チケットが売れない会なら、釉才が出るだけで話題になるだろう」

 仙蔵はそう言って、これから次の会までの間、釉才に沢山の高座を経験させる事を告げた。

「私ごときにありがとうございます!」

 釉才は感激していた。

「何、気にするな。駄目なら俺も一蓮托生なだけだ」

 そう言って不気味に笑うのだった。そしている間にも「革命落語会」の開催が近づいて来ていた。出演者も発表されてマスコミにも大きく取り上げられていた。その記事を見ながら、その面の隅に小さく釉才のことが書かれてあった。乾はそれを見ながら横に居る圓城に

「散々な出来だったようですね」

 そう語りかけると

「まあ六年も人前で話してないならいきなりは無理でしょう。向こうの焦りが見えるようです」

 圓城はそう答えた。乾は

「まあ、あちらがどう出ようと、正当性はこちらにあるのは明白ですからね」

 そう言って自分たちが正しいと語った。圓城も

「そう、五代目柳家つばめ師も仰っていました。古典落語は邪道だと」

 そう言って乾の正当性を認めた。更に乾は

「その通りです。何も間違ってはいない。それで近づいて来ました。他の方はどうですか?」

「準備万端です。楽しみにしていてください」

 圓城はそう言って不気味に笑うのだった。

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