第2話 不変の変な隣人たち

 

 三人の子供がいた。


「友達には消費期限があるんだそうで」

「どういうこと?」

 活発そうな男の子が言って、利発そうな女の子が受けた。


「ドラマで言ってたんだよ。友達はそのうち自然といなくなって、他の友達になるって」

「……ホラー?」

「違うって。なんか年齢がどうこうで、もうアラホラサッサだから、結婚がー、とか、仕事がー、とかウダウダやってるうちに、会社で不祥事ダーン」

「ダーン?」

「効果音。もしくはBGM」

「ああ……そう」

 女の子は今日も知的な会話を諦めた。

「不祥事、辞表、独立、銀行、借り入れ、順風満帆……ところが子供が出来て、衝撃ダーン」

 …………。

 …………。

 …………。

「それで次回へ続く。なんか、そんな感じのドラマ」

「それあなた面白いの?」

 女の子は不思議そうに訊いた。

「よく分からんけど、なんか面白いよ」

「私には『よく分からん』ままだけど」

「良いんだよ、そこは。で、言ってたわけ。友達には消費期限があるって」

「ふーん」

 女の子は思案気。

 男の子はいちいち身振りをつけて話した。そういう癖があった。

「俺らは、よくここ来るけどさ」

「うん」

 二人して、ぐるりと部屋を見渡した。

 友達の家。庭から上がれる八畳間。学校から帰って、暇さえあればなんとなく集まる集合場所。

「そのうち来なくなるのかなって」

「うーん」

「それで他のところで、他の奴らと集まるのかなって」

「うーむ」

 少女は良く考えた。

 良く考えて。

「そんなものじゃない?」

 少女はドライだった。

「そんなものか」

「きっとね」

「だーよなぁー」

 少年もドライだった。

「十年後は他人なんだなー」

「真っ赤な他人だよ」

真っ赤人まっかじん

「口と耳だけで話すのやめて。脳をちゃんと使って」

「つまり真赤しんせきの人か」

「親戚じゃなくて他人だってば」

「でも親戚の人は青りんごぐらいには他人だろ?」

「いやー、血が繋がってるから、真っ赤じゃない?」

「やっぱり親戚は真っ赤人だな」

「なんなの。真っ赤人て」

「もしかしたら血塗れなのかもしれない」

「親戚が?」

「親戚が」

「やっぱりホラーじゃない」

「ホラーだったな」


「赤くなったり、親戚になったり、ホラーだったり、脳味噌をスプラッタにしたような会話もいいけど、ともかく、そこのお菓子をこっちに」

 それまで黙っていた、この家の子供が言った。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 三人の隣人がいた。 


「友達は消耗品なんだとさ」

「どういう意味で?」


 高校生ぐらいの年齢の男子が言って、高校生ぐらいの年齢の女子が受けた。

「必要に応じて増えて、その過程で趣味的に増えて、どこかで面倒になって飽きて、最後は緩やかに一定値まで自然減少するんだと」

「普通のことじゃない」

 女子高生はドライだった。

「普通だな。いや、俺が気になったのはそこじゃない」

 男子高生もドライだった。

 独特な身振りと共に、彼は話を続けた。

「なんか前もどっかで、こんなフレーズを聞いたというか、言ったような気がするんだよなぁ」

「なんか言われたような気もする」

「丁度、ここだったような」

「そうだったような」

 二人は部屋を見渡した。

 友人の家の八畳間。

 見慣れた木目の天井を二人はしばらく見ていた。

「あの辺の木目は何度見ても、顔に見えるな」

「いや、顔には見えないけど」

「つまり俺にだけ見えてるのか」

「ホラーじゃない」

「ホラーだな」

 見慣れた木目の天井を、二人はまじまじと阿呆みたいにしばらく見ていた。そして思い出したように、

「で、さっきのありがちな友人関係に関する台詞は何だったの?」

「ああ――小説だよ。なんか俺らが小学二年か三年ぐらいの頃に流行ったドラマの原作らしい」

「今更?」

「いまさら。だけど読んだのだから仕方がない」

「私ドラマ少ししか見てなかったから解らないかも」

「俺は意味も解らず見てたような、見てないような」

「どっち?」

「曖昧」

 女子高生は今日も知的な会話を諦めた。

「あなたはそういうの見てたと思う。それで訳わからないことをよく口にしてた。アラホラがどうとか、マリッジブルーがどうとか、重複債務がどうとか」

「俺は何を聞き間違えて、アラホラサッサと言ったんだろうな」

「うーむ」

 彼女は口の端を曲げるようにして思案した――訳の解らない会話を、明後日の方向に拡張し続け、有耶無耶うやむやのうちに適当な着地点に落ち着く。

 彼らの会話は大概そうなる。

「そう考えると、今も昔も何も変わっていない」

「不変のなかに真理はあるそうだ」

「腐敗もあるけどね」


「ブルーになっても、腐敗でも、美味しいチーズでもなんでもいいから、そこの『香辛大帝バルバロッサ』を取ってくれ」

 それまで黙っていた芥原は、天井を見続ける阿呆な隣人二人に対して、テーブルの端の駄菓子スナックを要求した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 並ぶ三軒三家族。中央が【芥原】。その左右に【牧之原】と【九日原】。原の字を有する三つの苗字。だからそれぞれの家の子供たちは、互いのことをアクタ牧之マキノ九日ココノカと呼び合った。

 昔も、今も、変わらずに。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 八畳間のテレビには、近頃、懐かしいモノに凝っているココノカが借りてきたドラマが流されていた。教育テレビで放送されていた海外のホームコメディ。

 主役の隣の家に住む利発な少女が喋っている。普段は賢明だが、ふとした笑い顔に愛嬌がある。それを見ながらマキノが訊いた。

「結局、アラホラサッサってなんだったの?」

 主役の隣の家に住む活発な少年が喋っている。行動的だが、他者の情緒にも目聡い抜け目のなさ。それを見ながらココノカは、はっきりと言い放った。

「全く自分でも解らない」

 主役の家で暮らしている、人の言葉が話せる不思議なフクロウが何か言っている。哲学者のような顔のフクロウ。全てを把握しているようで、何も考えていないようでもある。それを見ながら芥原は答えた。

「アラサーを、意味が解らないから音だけで把握して聞き間違えたんだろう」

「ああー」

 合点が言ったように、しかしどうでもよさそうに、二人はそれぞれ気の抜けた頷きをした。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 画面の中では、二十数分間で起きた人間たちの様々なトラブルに対して、フクロウがそれらしいアドバイスをしているところだった。それを受け、納得した顔で、人々は部屋を後にする。

 このドラマの定番の流れ。

 フクロウはやれやれとばかり、ホーと鳴いた。

 エンディングが流れる。ドラマの終わり。

 しかし最後に画面はフクロウの部屋に戻る。着信音に反応して、フクロウは羽の何処かから携帯を取り出した。

「私だ……何? 我が社で横領だと……!」

 ダーン。

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