52話 校則違反……!?

「速水……さん?」


そう言った途端にぐいっと引き寄せられ、速水さんの唇が頬に触れる。……は?


「お願い。今ので手を打って欲しい。バイトの事は内緒でお願いします……」


え?いやそれはいいんだけどさ。ちょっと待て。状況が何一つ理解出来てないから。


「ちょっとは、速水さん!?何してんのさ!」


「何ってキスだよ?ほら、ボク可愛いからキスしたら黙ってくれるかな〜って」


「自分で可愛いって言うのかよ」


「まぁ自分の容姿には意外と自信あるしね。……と言うか、可愛いのに『私全然可愛くないよ』って言う子の方が嫌じゃない?少なくともボクは嫌いだけど」


「……確かに!」


納得すんな納得すんな。俺も確かにそう思うけど。とは言え意外だな。校則を破る生徒じゃないだろうし、何らかの理由があるのだろう。まぁそれをあれこれ追求する気は無いんだけど。


「それよりご注文いかがなさいますか?」


「切り替え早いな。食べ放題5人、ドリンクバー5人で」


「了解。少々お待ちください」


扉を閉めて去って行った。それにしてもバイトか。白凰学園では高等部までいかなる理由があろうとバイトは許可していない。バレると最悪退学の恐れもあるので、生徒達はわざわざそんなリスクを背負ってバイトなんてしない。


「どういう理由なんだろうな……」


「ふんっ」


「なんでお前が不機嫌になってんだ」


ぶすぅーっとした顔で別に……と言う唯。明らかに不機嫌じゃねえか。そんな唯を真尋が撫でてまた幸せそうな顔。相変わらず忙しい感情の持ち主である。


「速水さんの実家って結構有名な企業の社長さんじゃなかったかな。私、中等部の時に1度お邪魔したことあったんだよ」


聞けば広い敷地に綺麗な一軒家で、家具とかも高そうなのが揃っていたらしい。聞けば聞くほど金銭的に問題があるとは思えないんだよな。

そしてまた扉が開く。


「はい、これスタートのお肉。注文あったらボタン押してね」


「ねぇ速水さん。なんでバイトしてるの?」


今聞くことじゃないと思うんだよなそれ。速水さんも忙しいだろうし。しかし速水さんはうーんと少し考えてから口を開いた。


「ほらボクってバスケばっかやってて中等部の学年末テストの成績酷くてさ。両親から叱られちゃったんだよね。で、1学期の仕送り減らされちゃってね。だからこうやってバイトしてるの」


俺は速水さんの成績は知らないのだが、語り口調的に結構酷かったのだろう。とは言え速水さんは寮生活だし、寮費を払うにしてもそこまでカツカツになる事か?いや速水さんがどれほど仕送りを貰ってるのか知らないけどさ。


「ま、そういうこと。それよりご注文は?」


「牛タンを5人前!お願いします!」


「お、おう……篠崎さんすごい食い気味。牛タン5人前……と。他には?」


「じゃあカルビとハラミと……あ、俺米」


「じゃあ私もいただこうかな。3人も食べるかい?」


「私は遠慮するわ」


瑠璃と玲は食べるとのことなので白米を4つ。カルビ、ハラミを3つずつ頼んだ。これだけでも結構な量だと思うんだよな。いや、まだまだ少ないか。


「はーい。じゃあちょっと待っててね」


扉が閉まり注文を入れる声がする。こういう店って大変そうだよなぁ。人多いし酒やタバコの匂いはひどいし。両親が酒は飲むけど、タバコを吸わない人だったので、タバコの匂いがマジで苦手。頭痛くなるしな。


「飲み物持ってくるわ。何飲む?」


「私と真尋はメロンソーダで。なんなら手伝うよ」


「お、さんきゅ。2人は?」


「僕コーラで」


「私は……お茶をお願いします」


「ん」


ドリンクバーに向かう。コップを取って注ぐかと思ったところで子供が乱入してきた。ぎゃいぎゃいと騒ぎながら何にするとか決めている。……まだ幼いなら仕方ないとは言え乱入はどうなんだろうな。


「唯も昔こんなんだったよな」


「乱入はしてないだろう!?ちょっとうるさかったのはあるかもだけど……」


「おう、今も十分うるさかったぞ」


「君が騒がせたんじゃないかぁ……」


袖をぎゅっと掴んで呟く唯。それを先程の子供達がじっと見つめていた。

そう言えば子供は素直だとよく聞く。素直が故にたまーにとんでもない爆弾を置いていくとか。今回のこれも例外じゃないのかな。


「ねぇねぇ、お姉ちゃん達って恋人なのー?」


袖を握る力が強くなった。動揺しているらしい。まぁそれに関しては俺も同じなのだが。


「付き合ってないよ。このお姉ちゃんとは幼馴染なだけだ」


「そ、そそそそそうだよ!つ、付き合ってないからね!?」


お前は焦りすぎだ。相手6歳児とかだぞ多分。ほら、見てみろ。お前が慌てすぎて逆にきょとんとしてんじゃねえか。


「あははっ!じゃーねーおねーちゃん!」


笑ってからふるふると手を振って去って行く子供達。……本当にとんでもない爆弾残して行きやがった……。

そろ〜りと唯を見る。唯の頬はこれでもかと言うくらい赤くなっていて、きゅっと袖を握る力が強くなり、とても恥ずかしそうなそんな表情をしていた。

……最近何故か、そんな唯が可愛くて仕方ない。


☆☆☆


「ただいま。ほれ」


「遅かった……わね?唯はなんでそんな縮こまってるのよ……」


「子供がいたんだよ子供。で、子供って純粋だろ?付き合ってるの?って聞かれてこれ」


「包み隠さず言わないでぇ……」


頬を赤らめながら潤んだ瞳で声を漏らす唯。その姿に俺はもちろん、真尋がとてつもないダメージをくらっていた。瑠璃と玲はスマホを取り出し、そんな唯をカシャカシャと写真に収める。それ後で欲しいな。送ってもらお。


「で、でも……相手小さい子供なのでしょう?」


「落ち着けー。にやつきどうにかしろー」


その表情彼女の自慢してる時の兄さんにそっくりだからやめてね。ムカつくから。

60分ほどこんな状態で焼肉食べ放題が続き、注文の度にやってくる速水さんは困惑した表情となっていた。

とは言え60分も経てばそんな事を忘れいつも通りの楽しい食事となっていた。食事は正義だな。


「そろそろキツい。ペース落とす……」


あまり食べる方ではないので段々キツくなってくる。それ以上に食べない真尋は隅っこで項垂れており、普段の凛々しい雰囲気などどこ吹く風。完全に意気消沈としていた。


「真尋さーん……大丈夫かー」


「大丈夫……明日は休みだから」


「それは今は関係ないかな」


この状態で帰れるか否かだろ。まぁ4人が寮生活だし問題は無い……かな。少なくとも帰りも1人の俺よかマシ。

それより瑠璃が意外と食べるのは本当のようだ。と言うかこのメンバーの中で平均以上に食べるのが唯と瑠璃と言う女の子コンビ。

玲は結構早い段階でギブアップを宣告しており、今はたまーに食べるくらい。学食でも思うが、本当に少食。


「そろそろラストオーダーだよ。何か頼むものある?」


「んー。カルビと牛タン2つずつ!」


「あとやわらかチキンも2つお願いします」


まだ食うんですか……。まぁ無料だから良いんだけどさ。店長泣きそう。


「よく食べるね天音さん。瑠璃について行くのすごいよ」


「それより運動も出来ないしやらないのに何故か太んないのすげえわ」


唯が意外と食べるのは知っていたし、何故太らないのかが疑問だったのだ。運動してるとこは体育などでしか見たことないし、真尋が言うにはその体育も出来るだけ疲れないようにやってるらしい。


「私食べても太らない体質なのさ。痩せ体質と言うらしいね。まぁこれ女の子の前で言うと怒られちゃうんだけどね」


「俺もそれだな……」


「葵は食べてないだけよ」


そんな事ないぞ。そんな事ない……よな?うん、これが平均なんだ。近年の日本人は食べ過ぎなんだと思う。そう、俺がデフォルト。


「けど私からすれば真尋の方が羨ましいんだけどね。あんまり食べないのに出るとこは出て……どことは言わないけどさぁ!?」


「胸か」


「葵、後で君の家寄るね。2人だけで話したいことがあるのだよ」


「地雷踏んだわね……」


いやいや。俺は意外と唯の体型好きだぞ?小柄で可愛いし。まぁ女子って真尋みたいなモデル体型に憧れるものなのかな。身長は高いし、出るとこは出て引っ込むとこは引っ込む的な。

とは言えさっきの発言は軽率だったな。反省しよ。


「お待ちどうさま。牛タン、カルビ、やわらかチキン2つずつね。……良いなぁ。ボクも食べたい」


「まかないとかでないのか?」


「出るけどさぁ……それも好きなだけ。けど人が食べてるの見るとその場で食べたくなるんだよね。食べるとしても10時以降だから……」


食欲も今ほどじゃなくなるのか。けどまかないで肉と米がたくさん食えるのは羨ましいな。とは言え横浜市の条例では11時から4時の間に外出するのは禁止なのでそこまで食べる時間無いだろうな……。


「はーやみさん!口開けて」


「え……むぐっ」


にこにこと笑った唯が速水さんの口の中に先程まで焼いていたハラミを押し込む。


「これ、私から。まだまだ時間残ってるけど頑張って!」


「ボクこれだけで明日も頑張れるかもしれない」


と言って空いた皿を下げる速水さん。時間はまだ8時半。客もまだまだいるが、速水さんは気合十分と言った感じでキッチンへと戻って行った。

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