41話 理想

はっと目が覚めて辺りを見渡す。空は暗くなっていてかなり時間が経っていることが分かる。


(いま何時……ってスマホ!屋上だ)


今校舎って開いてんのかな。いや開いてないと困るのだが。痛む体を引きずるように歩き出す。血は止まったが、適切な止血をした訳では無いので菌が入り込んでる可能性は高い。

ようやくの思いで昇降口に辿り着く。入ろうとした所で声をかけられた。


「おーい何やってんだお前。もう下校時刻は完全に……て、どうした皐月!」


美鈴ちゃんが駆け寄ってくる。知っている人が来て安心したのだろう。ふっと体から力が抜ける。


「おっと……どうしたお前」


「色々あったんだよ……。それよりも屋上に俺の鞄があるんだよ。取ってきて欲しい」


「あ、あぁそのくらい良いが……」


昇降口の鍵を開けて階段へと走って行く。……助かった。というか時間を知りたい。

5分ほどして美鈴ちゃんが戻って来た。案外かかったのは暗くてよく見えなかったからだろうな。鞄とかスマホが荒らされてるとかは無いので助かった。スマホを見ると8時を回っていて長い時間寝てたんだなぁ……と思う。


「ほれ。大丈夫か?ほら、捕まれよ。お前、家どこだっけか」


「え、送ってくれんの?」


「さすがに怪我人見つけてはい、さようならは出来ないだろ。見つけた以上は最後まで面倒見る」


……少し、この人の評価と言うか見方を変えるべきなのかもしれない。適当な人、あまり面倒事には関わりたくない人だと思っていたが、本当はこのように生徒思いの教師であるのだろう。


「ありがとう……ございます」


「今敬語を使うなら普段から使え。それに……私は教師として当たり前のことをしているだけだ。ま、最近はその当たり前もこなせない無能が増えてるんだけどな。私がやってる事は特別な事じゃない。無能に毒されるな」


きっと美鈴ちゃんが俺を助けてくれたのも特別な思いと言うのは特に無いのだろう。聞けば昔、美鈴ちゃんの教育実習の担当クラスの担任が本物の無能教師だったらしく、そんな教師にはなりたくないらしい。

もちろん、人が嫌がる所まで踏み入るつもりは無いらしく、普段は地雷を踏まないためにあの態度と距離間だとか。ちなみに仕事を増やして欲しくないのは事実らしい。


「ま、私は出来る限り生徒の味方でいたいからな。仕事はしたくないんだが。だからお前も私の仕事を増やしすぎない程度に私に相談しても良い」


「ありがと。あ、俺の家ここだから」


「マジかよ……学生の分際ですげえとこに住んでんな。あれ、一人暮らしだっけか。ははっ私なんて寮だぞ」


「うちの寮の部屋結構立派だと思うけどなぁ。住むのに不自由なんて無いと思うけど」


そこら辺の住宅よりも住みやすい広さだし。食事は基本的に食堂だが強制はされてないし、料理がしたきゃ部屋でも出来る。学生、また教師陣も月にそこまで高くない寮費を払えば入れるのだからこれ以上の物件は無い。それに私立校なので退任はあろうとも離任がほとんど無いしな。


「まぁな?けどほんとすげえとこ住んでんなぁお前。じゃあお大事にな。ちゃんと病院は行った方が良いぞ」


そう言われて車から降りる。ぺこりとお辞儀をして感謝の念を伝えた。それを確認してから美鈴ちゃんは車を走らせ寮へと帰って行った。


☆☆☆


「あれ?今日葵は?」


朝通学路でも見かけなかったし……。今日はお休みなのかな。はぁ……つまんないの。


「確かにまだ見てないわね。けどそこまでつまらなそうな顔をされると傷付くわ」


「あははっ、ごめんごめん。けどやっぱり葵がいないと……」


昨日、屋上に呼び出された葵がどうなったのかが気になって何度か連絡を入れたのに出なかったんだよねぇ。幼馴染とは言えこの私からの電話なのに……。


「あー……だっる」


「あ、美鈴ちゃん!おはよー!」


「だから美鈴ちゃん言うな。あと皐月は遅刻してくるようだぞ」


遅刻?寝坊か何か……けどそれって連絡する事かな。遅刻カードもあるしそっちに書けば良いだけだもんね。


「……病院に行くんだと」


言葉に詰まるようにして語る美鈴ちゃん。……何かを隠してる?この人、いい意味でも悪い意味でも嘘をつくのが下手だし、何かを隠すのも下手な人だ。露骨に何かを隠しているのが分かってしまう。


「美鈴ちゃん……何があったの」


ちょっと語気を強めて言う。すると美鈴ちゃんはうっと核心を突かれたような表情になる。うーん……と悩んでから大きく息を吐き……


「……ま、お前は皐月と1番仲が良いしな。言っとくべきなのかな。……実は皐月が昨日大怪我を負ってる所を見たんだよ」


「え……?」


「まぁ皐月は何があったか語らなかったけどな。ただ明らかに殴られたような怪我だった。何とか動けてはいたが、ダメージは残ってるんだと思う」


説明は耳に届いている。けど……何も考えられなかった。葵が、大怪我。

体中の血がサッと引いていくのが分かる。なんで?なんで葵が?と言うか……誰が?

息も荒くなってくる。頭が痛い。誰が?なんで?葵が何を……!


「唯!落ち着いて!」


肩を揺らされ声をかけられハッとする。真尋がとても焦ったような表情になって必死に声をかけてくる。


「確かに……唯の気持ちは分かるわよ。私だって辛いもの。けど……あいつは今日も元気……ではないけれどあなたに会う。だから、落ち着いて」


「……たし、かに。そうだね。私とした事が取り乱してしまったよ」


そうさ。今日も葵は来る。うん……待ってれば……この教室に来るんだから。

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