アナザーエンド②

 告白――長年秘め続けた想いを――


「――神崎さん。」


「うん……? なにかな?」


 声が震えて、冷たい汗が額から流れる。


 怖い――それでも伝えたい。ずっと大事にしてきた、彼女への想いを伝えたい。



「神崎さんの事が――、初めて出会った日からずっと……大好きでしたっ!!! 付き合ってください!!!」


 深々と頭を下げ、右手をさっと彼女の前に差し出す。震えそうになる手を、なんとか制御してじっと審判の時間を耐え忍ぶ。


「――雪くん。」


「……。」


「気持ちはすっごく嬉しいんだけど……。」


 あっ――、終わった――。


 一気に空気の密度が千倍になったような気がした。眩暈がする……息できない、苦しい。


「ごめんなさい。」


 あっ、やばい……涙が溢れて零れてきそう。


「そっか……。うん、時間とらせてごめんね……。」


 俺は必死に平静を装い、そのまま神崎さんに背を向け立ち去ろうとした。


「ちょっと、待って――」


 立ち去ろうとする俺の手を、柔らかな手が包んだ。


「ごめん、今は――お付き合いとか……わかんない///」


「えっ……?」


 神崎さんは俺の手をぎゅっと握りながら、恥ずかし気に頬を染める。


「だって、ずっと音楽のことしか考えてこなかったし……、今は音楽としっかり向き合いたいというか……。でも、雪くんのことは……好き……かもしれない///」


「今――なんて――?」


 聞き間違いだろうか。神崎さんが俺の事を、好き……って言ってくれた気がする。思いがない言葉に問い直すと、神崎さんは恥ずかし気にもう一度言い直してくれた。


「もうっ、だからっ……/// 雪くんのことは、好き……だと……思うの……///」


「うそ……ま、まじで……?」


「う、うん……///」


 神崎さんは恥ずかしさに耐え切れなくなったのか、下を向いてしまった。


「だけど……ごめん。付き合うとかは、今はまだ……。」


「今はってことは……この先、可能性はあるってこと……だよね。」


 俺の問いに、神崎さんはこくんと小さく頷いた。


「うん……。なんか……、保留してるみたいでごめんね。」


「いや、全然。神崎さんと付き合える可能性があるだけでも、生きる希望になる。」


「えぇ……? ふふっ、雪くんったら大げさだよ。」


 かくして俺と神崎さんは、恋人未満、友達以上という関係になった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 それからの一年は、神崎さんは音大に合格するという夢に集中し、俺も新たに芽生えた――写真家になるという夢のため、日々写真を撮り続けた。


 正直まだまだ、カメラは趣味です――と言いたくなるレベルだが、それでも教本や動画を使って独学で勉強し、とにかく納得いくまでシャッターを切った。


 俺は神崎さんみたいに、一つのことに全力を捧げることはできなかった。その分、必要な物に必要なだけの努力と時間を費やした。つまり――勉強と部活と生徒会の仕事も、現状をキープできるように努力した。


 勉強に関しては、中堅の国立大学なら合格圏内に入った。


 部活はキャプテンとして最後まで精一杯勤めた。


 生徒会は氷菓と、丸尾が中心となり、彼らの掲げたマニュフェスト達成を、庶務として支えた。




 そして迎えた国公立大学――、合格発表の日。


 俺は自宅でパソコンを前に、その時を待っていた。


 午前10時ジャスト、俺は自分が受験した大学のホームページから、合格者一覧のバナーをクリックした。


  25317 


 ドキドキしながら自分の受験番号を探すと、25310…25314、25317、25319と番号が並んでいた。


 胸につまっていた息を大きく吐き、自分の番号があったことに一先ずは安堵する。


「あとは――神崎さんの結果だな。」


 神崎さんが合格していたら、俺に電話をくれるという手筈になっていた。不合格だった場合は――ひょっとすると連絡がないかもしれない。


「なかなか電話来ないな……。」


 気持ちが落ち着かず、部屋のなかをうろうろする。念のために着信がないか確認しようと、スマホに手を伸ばした瞬間――着信音が鳴り響いた。


「っ……! 神崎さんからだ。」


 通話のボタンをスライドさせると、春の鳥の鳴き声のような清々しい声が聞こえてきた。


「雪くんっ!」


「はっ……はいっ!」


 勢いよく名前を呼ばれたので、反射的に勢いよく返事を返した。


 涙ぐむような震える声で、神崎さんは言葉を続ける。


「あのねっ……、私が行きたかった……大学ねっ……合格したよっ!」


「ほんとっ! すごいっ!! おめでとうっ!!!」


「うん、ありがとっ! それで……雪くんは……どうだった?」


 先ほどまでの歓喜の声から、少し相手を心配するような声音に変わった。


「大丈夫――、俺も合格したよっ!」


「やったー! うん! 雪くんなら大丈夫だと思ってたけど、よかった! 本当におめでとう!」


 神崎さんの心から喜びを爆発させたような声に、俺も思わず感極まりそうな気分になる。


 しかし――、泣いてる場合じゃない。ここまではあくまでも前提条件だ。これから俺は神崎さんに伝えなければいけないことがある。


「神崎さん――」


「うん――?」


「大事な話があるのです――」


「うん……///」


 本当は合格発表から少し落ち着いた頃に、直接会って言うつもりだった。


 妹の風花にばれたら、「電話越しで告白とか、まじ卍~」とか言って罵倒されるだろう。しかし、今すぐ想いを伝えたいって衝動が、もう我慢できなかった。


「神崎さんが――大好きです。付き合ってください!」


 俺の告白に対し、「ありがと……」と小さな声が聞こえてきた。


「私も……雪くんのことが、大好き/// 長く待たせてごめんね、こちらこそお願いしますっ!」


 その声を聞いた瞬間、俺は部屋で大きく飛び跳ねた。


「……嬉しい。……嬉しすぎる。……夢じゃないよね。」


 噛みしめるように、俺はそれが夢でないことを確認する。


「夢じゃないよ。私も、雪くんのこと――結構前から気になってたんだけどな。」


「……えっ、まじで。いつくらいから?」


「うーんとね、意識したのは……球技大会くらいからかな?」


 球技大会――確かに俺は、サッカー部としてなんやかんや活躍はしていた。それ以来、クラスでも少し俺の株価は上昇していたようだ。(一瞬のバブルみたいなものだったが……)


「そっか――、そういえば二年の時の球技大会は、ハットトリック決めたり、試合の最後にシュート決めたりしたこととかあったね。」


「あっ、うーんとね……。もちろん試合で頑張ってた雪くんもかっこよかったんだけど……、打ち上げの時の雪くんが、すっごく素敵だったの。」


「打ち上げの時……?」


「ほら……、ビュッフェで一緒に列に並んでたけど、こっそり子供に譲ってあげてたの、覚えてないかな?」


 神崎さんのその言葉で、脳内の引き出しにしまってあった記憶が、克明に浮かび上がってきた。


「あっ、ローストビーフの時の……!」


「うん! 雪くんの頑張り屋さんな部分も、優しい思いやりのある部分も素敵だなって……。意識し始めたのは、その頃だったかな……///」


「そっかぁ。でも、神崎さんの前じゃ空回ってること多かったから、変な奴だと思われてないか不安だった。」


「そんなことないよ~。夏休みは海水浴で助けてもらったり、夢のことを語りあったりしたのも嬉しかったよ。二学期なんかは……生徒会や部活でがんばってる雪くんが凄いなぁって、いつの間にか眺めてることとかも結構あったし……。」


「そんなこと言いだしたら、俺なんか……」


 一年の頃からずっと君を眺めてた――と言おうとして、気持ち悪いって引かれたら嫌だからやめた。


「……? 俺なんか……どうしたの?」


「あっ、いや……。俺なんか、もっと前から神崎さんの事、素敵な女の子だって思ってたよ。」


「えっ……/// えへへ~/// そんなこと言われたら、嬉しいけど……やっぱり恥ずかしいよ~!」


「まぁ本当に俺の一方通行な想いだと思ってたし、文化祭の頃も振られる覚悟だったからね。」


「そうだったんだ……。でも、私のなかの……雪くんへの想いだって、今は負けないくらい大きいからね! 今は完全な両方通行なのだよ~。」


 あぁ、幸せすぎる。脳内から幸せ物質が溢れ出して止まらない。いつまでも話し続けそうだったが、神崎さんのスマホに通話料がかかるから、俺からかけ直すと申し出た。


「えっ、そんなの気にしなくていいよ。」


「いや、申し訳ないからかけ直すよ。」


「いやいや~、それじゃ逆に私の方が申し訳ないよ~!」


 そんなやり取りのラリーがしばらく続いた後――


「うぅ~ん、っじゃあさ! 雪くん、今日は午後からとか……時間あるかな?」


「えっ、うん。俺は大丈夫だけど――」


「そっか、あの……よかったら、お茶でもしない?」


「えっ、それは……デートのお誘いということでよろしいでしょうか。」


「うん。付き合って初めてのデートだね!」


「あのさ……、神崎さんのこと見た瞬間、色んな思いが溢れて、泣きだしたり、気絶したりするかもしれないけど、大丈夫かな?」


「えぇっ~、どうしよう……。泣くのはいいけど、気絶するのは心配だよ。でも、雪くんに会いたいなぁ~。うーん、どうしたらいいのかな?」


 神崎さんは本気で困ってる様子である。どこまでも愛らしくて、可愛らしい。


「いや……、大丈夫。俺も神崎さんに会いたいし、気絶だけはしないよう、気をしっかり保つようにする。」


「うん、わかったー! っじゃあ、湊公園にお昼の一時に集合でいいかな?」


「OK! 楽しみにしてる。」


 そして――約束の時間。


 早く来すぎてしまったので、公演のベンチに腰を下ろして神崎さんを待つ。約束の時間が近づくにつれて、そわそわしながら手持ち無沙汰にスマホの画面を見つめる。


 その突如、俺の視界は真っ暗に変わった。


(おや――緊張しすぎて、本当に気絶してしまったのだろうか。)


「えへへ~、だーれだっ?」


 耳元から、天使の様な可愛らしい声が聞こえてくる。それに「えへへ~」と、愛らしく笑うのは、俺の知る限りでは彼女しかいない。


「……神崎さん」


「はい……、正解ですっ!」


 俺の目を覆っていた柔らかな感触がそっと離れていき、視界が急激に明るくなった。光に目が慣れた時、俺の目の前には天使のような笑みを浮かべる神崎さんがいた。


「神崎さん、改めて言っていいかな。」


「うん? なにかな?」


 俺はその存在を確かめるように、彼女の華奢な身体を抱きしめた。


「えっ? えぇっ!? な、なにかな!?///」


 いきなり抱きしめられたことに、神崎さんは慌てた様子で頬を赤らめた。


「ずっと好きでした。これからずっと大事にします。俺が絶対、幸せにします。」


 想いが溢れて止まらなかった。ただただ心からの想いを伝えた結果、何だかプロポーズに近い台詞がとびだした。


「うぅ……/// 雪くんって、意外と大胆なところあるなぁ。」


 神崎さんはそう言って、俺の背中にそっと腕をまわした。


「私だって、雪くんのことをずっと大事にするよ。だから――、二人で一緒に幸せになろうね。」


 二人で一緒に――幸せへの道を歩いていく。


 お互いの夢を叶えるため、未来へ一歩ずつ進んで行く。その道中はきっと大変な時もあるだろう。でも二人でいれば、どんな困難があってもきっと大丈夫だ。


「そうだね。神崎さんの言う通りだ――。二人で一緒に幸せになろう。」


                            神崎さんエンド 完

 



 




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天使のような可愛い過ぎるクラスメイトと、俺を好き過ぎる可愛い後輩、どっちを選べばいいんだ!? 冨田秀一 @daikitimuku

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