最終話 桜木ちろるへの告白
俺は桜木ちろるに告白するために、彼女のラインへメッセージを送った。
“今どこにいる?”――という簡単な一文である。
すると、送った直後に既読のサインが付いた。
LEDの画面に照らされたまま、待つこと三分。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あり?」
既読がついたのに、なかなか返事がかえってこない。
「何故に既読スルー?」
俺は首を傾げながら、今度はちろるに着信をいれてみる事にした。しかし、ダイヤル音が続くだけで一向に通話になる気配がない。
それでも何度も繰り返し着信をいれ、俺はスマホを耳に当てながら校庭をウロウロ探し回った。校庭を一周してみたが、どこにもちろるの姿は見当たらない。
もしかしてと思って中庭の方へと足を運ぶと、今日の午後に昼寝をしていた芝の近くで、スマホを見つめているちろるの姿を発見した。
「あっ! こんなとこで何してんだよ。」
俺がちろるに声をかけると、ちろるは肩をビクッと震わせ、突然俺から逃げるように走り去っていった。
「はぁっ……!? 何で逃げるんだよっ!?」
慌ててちろるの後を追いかけるが、意外と逃げ足の速いちろるは、しゅばばっと校舎内へと逃げ込んだ。二階へ続く階段を駆けていくちろるの姿が一瞬見えたが、その後ちろるの姿を完全に見失った。
「くそっ! どこ行ったんだよ……。」
――っていうか、何であいつは俺から逃げているんだ。
二階へと上がり、廊下を曲がったところで俺はじっと耳を澄ませてみる。すると、音楽室の中から、少女のすすり泣くような声が僅かに聞こえてきた。
「夜の校舎でこれは……わりとホラーなんだけど……。」
声の主がちろるであることを信じ、俺は音楽室へと近づく。距離が近づくにつれて、だんだんと泣き声も大きくなる。
音楽室の扉は閉められていた。おそるおそる、俺は扉越しに話しかけてみる。
「おい、ちろる? そこにいるよな?」
音楽室の中から聞こえる泣き声は、やはりちろるのものであるらしい。
「なんで逃げるんだよ? 扉を開けるぞ?」
「……っ! 嫌ですっ!!!」
あまりにはっきりとした拒絶に、俺は思わず面喰ってしまった。
「えぇっ……? 何でなんだよ。話したい事があるんだけど……。」
「いやっ! 聞きたくありませんっ!」
「えぇっ、何でだよ? 俺に怒ってるのか?」
「っ怒ってません!」
音楽室の中から、若干の怒気を纏った声が返ってきた。
「いや、怒ってんじゃん。」
「怒ってませんってばっ!」
音楽室の扉越しに、そんな不毛なやりとりのラリーが何度か続いた。
「開けてくれよ。大事な話があるって言ってるだろ?」
俺が宥めるようにそう声をかけると、急に弱々しい声が返ってきた。
「……嫌ですよ。」
「なんで嫌なんだ?」
理由を尋ねると、ちろるから思いもよらない返答がきた。
「だって…………、私…………、先輩に振られちゃう……から……。」
「は……?」
ぽかんと――いや、あんぐりと俺は口をあけてしまった。俺がちろるを振る――というのは、一体何の話だろうか。俺は今からその逆のことを試みようとしているのに。
「何を勘違いしてるのか知らんけど……俺はちろるを振ったりなんかしないぞ?」
「っ……嘘ですよっ! だって、さっき神崎さんと二人っきりで……手繋いで……」
なるほど――その言葉を聞いて俺は、先ほどまでの逃走劇の謎がようやく腑に落ちた。
「そっか……、心配させて悪かった。でも違うんだ。あれは付き合うとか、そんな類の話じゃない。不安にさせて申し訳なかったけど……ちろるが思っているような事では断じてない。」
あれは――間違いなく決別だったのだ。
俺が自分の夢に対して向き合うための――そして、本当に大切にするべき人と向き合うための決別。
「……本当ですか。」
そう言って、ちろるはようやく重い扉を開いてくれた。
薄暗い教室に、こわごわした表情のちろるが佇んでいる。元より身体の小さい彼女だが、普段よりもいっそう小さく見えた。きっとまだ、俺から何を話されるのかが不安なのだろう。
「俺はちろるに話したいことがある。……聞いてくれるかな?」
ちろるは覚悟を決めるように、静かにそして深く息を吸った。
「……はい。大丈夫です。」
教室の入り口で向かいあったまま、俺は静かに言葉を紡ぎ始める。
「俺はさ……本当にどうしようもなく、何にもない人間だったんだよ。自分の確固たる想いがなくて、人に流されて、夢もないような人間だった。でも、変わろうと思ったんだ。色んな人に教えてもらって、きっかけをもらった。」
本当に多くの人に影響を受けた。姉貴、言葉先輩、氷菓、丸尾、須藤先輩や月山をはじめとしたサッカー部の面々、風花と絵梨ちゃん、管理人の芝山さん、委員長や菅野さんといったクラスの面々。
そして――神崎さんとちろるの二人。
くだらない人間だった俺から、少しはましになれたのは、熱をもって生きれるようになったのは、間違いなく彼女たちのおかげだ。
「感謝してるんだ。出会えた人達、そして――桜木ちろるに。」
「私に……ですか?」
いつも俺の傍にいようとしてくれ、俺の事を何よりも大事に思ってくれた。そんなちろるの一途な想いに触れていくうちに、俺の中にも新しい想いが生まれた。
「夏休みに入る前のこと……覚えてるか?」
俺の問いに対し、ちろるはまだ張りつめた表情を浮かべながら、静かにうなずいた。
「夏休みの前……先輩が告白してくれました。でも……私は受け入れませんでした。」
「あぁ、その時は――『後悔がないように、納得できる答えを探してください』って言われたな。」
「よく……覚えてますね……。それが私の本心です。私がどれだけ先輩のことを好きだろうと……、一生懸命振り向かせようと努力しようと、それは先輩にとっては関係ないんです。あの時の告白は――迷いのある先輩に、私が同情を誘って無理にさせたようなものだからっ……。」
「あぁ……そうだな。もちろん、俺はちゃんとちろるの事は好きだったけど、あの頃はまだどれくらい――ちろるの事が好きか、正直計りかねていた。だけど、夏休みに花火に行ったり、ちろるの家に勉強教えに行ったり、時間と共にちろるに対する好きの気持ちがどんどん膨らんでいった。」
「ちょっとっ……/// 好き好き言わないでください……///」
ちろるは恥ずかしそうに、上目遣いでこちらを見ていた。恥ずかしかろうが、おかまいなしに、俺は自分の想いをぶつける。
「ちろるが傍にいてくれて、お前の何気ない一言が……、優しさや気遣いが、いつも俺に勇気をくれて、支えてくれた。ちろるの存在は、もう俺にとってかけがえのないくらい大きなものになってる。誰が何と言おうとも、俺は自信をもって言えるんだ。」
俺の想いはもう揺るがない。今度は俺が彼女に、心からの愛を伝える番だ。
「俺はちろるの事が、心から好きだ。それはもう何にも流されない、俺自身の想いだ。」
手を前に差し出し、頭を下げながら最後の言葉を精一杯に伝える。
「桜木ちろる――あなたが大好きです。俺と付き合ってください。」
差し出した手がそっと握られた感触に、俺はゆっくりと顔を上げた。
ちろるは俺の差し出した手を、両手で包み込むように握っている。俯いているので、ちろるの表情は見えなかったが、ぽたぽたっと雨が降り出すように、床に水滴が落ちたのが見えた。
「……ちろる?」
俯くちろるの顔を覗きこもうとした瞬間、ちろるは勢いよく俺にぎゅっと抱き着いてきた。
「当たり前じゃないですかっ! 私がどれだけっ……先輩のことっ、大好きだと思ってるんですかっ!!!」
ちろるは子供のようにボロボロ大粒の涙を零しながら、そして最高の笑顔を見せてくれた。
「先輩のことが好きなんですっ……好きっ、大好きなのっ!」
「よかった……俺も大好きだよ。」
ちろるが落ち着くまでのしばらくの間、彼女の頭を撫でて、ぎゅっと力強く彼女の身体を抱きしめ続けた。
そして落ち着いた頃――ちろるの華奢な肩に手を置き、俺は正面からじっと、ちろるの愛らしい顔を見つめる。
一瞬きょとんとした表情を見せたちろるだったが、俺がしようとしている事を察して、頬を真っ赤に染めながら、ゆっくりと両目を閉じた。
「……んっ。」
彼女の柔らかな唇に触れた瞬間、ちろるは小さく声を漏らした。
「キス……しちゃいましたね……///」
「そうだな……。もっとする?」
「……はい///」
その後は、ちろるは何かのスイッチが入ってしまったのか、これまでの我慢した分が一気に溢れてきたのかわからないが、何度もキスを求めてきた。
「好きな人とキスするのって……、こんなに幸せなことだったんですね……/// 知らなかったです……///」
「あぁ、俺もうお嫁にいけないわ。」
「ふふっ、私がもらってあげますよ?」
教室の窓際で肩を寄せ合いながら、俺とちろるは校庭で燃え上がる炎を眺めた。空には秋らしい満月と、星々が散らばっていた。
これから何度も、二人で同じ夜空を見上げ、同じ時間を共有するだろう。
きっと何度も喧嘩をするだろうし、何度も仲直りして、笑いあうだろう。何度も手を繋いで、色んなところに出かけるのだろう。いつか家庭を持ち、子供もできるだろう。将来に向かって、共に足を進めていくのだろう。
その時間を――人生を――進んで行くために、ずっと彼女が傍にいてほしいと願う。彼女が傍で笑ってくれていたら、どんな辛いことがあっても、幸せだと納得できる。
どこまでも一途な愛情を傾けてくれる人、自分よりも相手を大事に考えられる人。そんな彼女だからこそ、ずっと俺の傍で笑っていてほしい。
天使のような可愛い過ぎるクラスメイトと、俺を好き過ぎる可愛い後輩――
選んだのは――俺を好き過ぎる可愛い、俺の大好きな後輩だ。 完
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