第9話 揺れたのはカメラではなく、おっp・・・
「プログラム6番は、三年生女子による徒競争です。」
クシコスポストの曲に乗って、50メートルの直線を少女たちが颯爽と駆けていく。俺は妹の雄姿を撮影するため、家族愛の強い保護者たちに混じって最前線でカメラを構えていた。
徒競走の序盤で、風花の親友である絵梨ちゃんの走順がやってきた。
「絵梨ちゃーん! 頑張れー!」
俺の声援が届いたようで、絵梨ちゃんは少し恥ずかしそうにこちらへ手を振ってくれた。
「絵梨ちゃんの写真も撮っておいてあげよう。」
絵梨ちゃんは緊張した様子でスタート位置についた。
スタートを告げる空砲が鳴り、絵梨ちゃんを含む4人の少女が駆けだしていく。
「うぉぉ、揺れるゆれる……。これは写真じゃなくて、動画で記録を残すべきだな。」
ちなみに何が揺れていたのかはお察しの通りである。
ヒント――絵梨ちゃんは非常に発育のいい女子中学生ということを提示しておく。
「何が揺れてるんですか?」
突然の質問。
どうやら俺に投げかけられている質問。
「……うん?」
いきなり声をかけられ、俺はファインダーから目を外し声の鳴る方へと振り向いた。
「おわっ!? ちろるん!?」
「何でそんな慌ててるんですか?」
ちろるはじとっとした目つきで俺を眺めた。
それはまるで、女子中学生を盗撮する不審者を見るような目つきである。
「いや、別に……ほら、走ってる人を撮るのはブレるから難しいなって。」
何とかごまかせただろうか。
冷たい汗が背中をつっと流れる。
「ふーん、あの子知り合いですか?」
ちろるは、三着でゴールし肩で息をする絵梨ちゃんを指さして言った。息をするその度に、彼女の胸もまた上下に揺れるゆれる。
「そ、そうだよ。風花の友達だから、写真撮ってあげようと思ってさ。」
「そうですかー。むぅ……あの子、本当に中学生ですか? あんなたわわな物がぶら下がってますよ。」
「おいこら、おっさんみたいな事を言うんじゃない。」
「先輩好きですよね。……ああいう感じのおっぱい。」
「うん、嫌いではない。」
「揺れてたのって、あの子のおっぱいですよね?」
ちろるによる核心をつく問い。
ひゅ~っと口笛を吹いて、俺はさも何気ない感じで答える。
「いや、まぁ確かに……おっぱいも揺れていたかもしれない。」
「ちょっと署までご同行お願いしましょうか。」
「誤解だ! 断じていかがわしい事はしてない。」
そんなアホなやりとりをしている間に、風花の走順がやってきた。
「おぉっ風花だ! おーい! 頑張れー!」
「風花ちゃん! がんばってー!」
俺とちろるの声援を受けて、風花はやはり嬉し、恥ずかし、うっとうしいという多様な感情が入り混じる表情を浮かべた。
「位置について、よーい……」
空砲の鳴る音とともに、風花を含む4人が同時にスタートを切った。
四人のうち、白組の鈍足そうなふくよかな体型の女子生徒が最初に脱落し、次にまた白組の眼鏡の文系っぽい女子が脱落した。
トップを走るのは赤組の生徒が二人。
一人は俺の妹である風花。
もう一人は吊り目がちなアスリート体型の女子中学生である。おそらく陸上部か何かだろう。運動神経がよく足も速い風花を凌駕し、少しリードしている。
「頑張れー! っていっても二人とも赤組ですね。」
「そうだな。」
ファインダーを眺めながら、ちろるの言葉に相槌を返す。
「あっ!」
「っ!?」
そのまま陸上部らしき女子生徒が一位でゴールするかと思いきや、ゴール直前で足が絡まったのか派手に転倒してしまった。
会場全体から「あぁ……」という憐みに似た感嘆符が漏れる。
風花が一位でゴールするかと思いきや、風花は転倒した女子生徒を横目で捉えて、急ブレーキをかけた。
「大丈夫? ゴール目の前だよ。」
「っつ……。な、なんであんた……。」
「あんたが最下位になったら、私が一位になっても白組と同点になるでしょ?」
風花は転倒した女子生徒の肩を担いで抱き起すと、そのまま二人でゴールテープを切った。
その直後に白組の文系眼鏡女子、そしてやや遅れてふくよかな女子がゴールした。
肩を寄せ合いゴールした赤組の二人に、会場からは大きな拍手が鳴った。
「風花ちゃん! すごい!」
「あぁ、風花らしいといえば風花らしい。」
風花が友達を抱き起す瞬間を、しっかり写真に切り取ることができた事を確認し、俺は妹の誇らしい姿を眺めた。
午前の競技が終わり、藤棚の下で母、俺、風花の三人で食事をとることになった。
「風花が友達を抱き起こしてるところ、ばっちり写真におさめたぞ。」
俺の言葉に、風花は何も気に留めない様子で「ふーん」と返事した。
「そうなんだ。ってかお兄ちゃん、恥ずかしいからあんまり大きな声で呼ぶのやめてよねー」
「またまた恥ずかしがって。反抗期はもう卒業したんじゃなかったのか?」
「お兄ちゃんへの反抗は継続中だよ。……わぁっ! お弁当私の好きな物ばっかりだぁ~! ありがとうお母さん!」
重箱には、風花が好きなハンバーグ、エビマヨ、春巻きなどなど、色とりどりのおかずが並んでいる。
「大事な日に、子供の好きな物を食べさせてあげるのは親の義務よ。」
母は当然だという風に言ったが、娘の感謝の言葉に少し嬉しそうであった。
「お父さんとお姉ちゃんはこれないの?」
風花は少し残念そうに俺に尋ねた。
「父上殿は仕事で、姉貴も高校の体育祭前だから生徒会の仕事でどうしても来られないらしい。」
「そっかぁ、でもお母さんが来てくれて嬉しい。」
「あれ? お兄ちゃんは?」
「はいはい、お兄ちゃんもありがとう、オリゴ糖」
「……なぜジョイマン? 照れ隠しかこのやろう。」
そんなに食べて大丈夫かと思うほど、風花はがっつりと昼食を胃に収めると、午後の部に向けて観覧席へと戻っていった。
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