番外話 夏夜のJC達のお泊り会

 夏休みも終盤に差し掛かった金曜日――現役中学三年生の俺の妹である風花は、我が青葉家でお泊り会を開催した。


「あのさ――アポイントって大事だと思わない?」


 俺は我が家の台所で、ちゃきちゃきと何やら手の込んだ料理を作ってる風花を眺め、先ほどから不満たらたらである。


「お母さんとお姉ちゃんにはちゃんと言ったもん。」


「お父さんとお兄ちゃんはどうした。せめて父さんには言っておけよ。ウサギと年頃の娘を持つ父親は、寂しいと死んじゃうんだぞ。」


「父さんにはお母さんから伝わってるよ。だから今日は父さんと母さんは、二人で仲良く旅行に行ったでしょ?」


「まぁそれはそうだけど……。」


 父と母は本日夏季休暇を使い、日光東照宮を観光し、今頃は奥飛騨の湯本温泉にいる。


「お兄ちゃんも気を遣って、お姉ちゃんみたいに外に出てくれてもいいのだよ?」


 なお姉貴は本日、言葉先輩の家……いやお屋敷にお泊りしている。


「前もって言ってくれてたら、俺だって友達の家に泊まるなり気をきかせるってのに。」


 年頃の少女たちの宴には、あれこれともてなすよりも、自由に気兼ねなく過ごせる場所を提供するのが最大のもてなしだと、我が青葉家の皆は心得ているのだ。


「まぁまぁ、よかったねお兄ちゃん、一つ屋根の下でJCに囲まれるなんて、もうこれで明日死んでも後悔ないでしょ。」


「後悔しか残らねぇよ。ってか誰くるの?」


「絵梨ちゃんと、沙織ちゃんって子だよ。」


「ふーん、風花って絵梨ちゃん以外に友達いたんだな。」


「失礼な。っていうか、友達は多ければいいってわけじゃないでしょ。付き合う友達はちゃんと選んだ方が良いぜ、ポッター。」


「なにそのマルフォイ理論。」


 まぁ確かに、意外と間違ったことは言ってないフォイ。


 ピンポーンと電子音が鳴り響いた。どうやらJC達が来たようだ。


「ごめん、今手が離せないから、お兄ちゃん出てくれる?」


 仕方なく風花の代わりに玄関を開けてやると、黒髪ロングの少女が姿を現した。


「こんばんは……あ、お兄さん……今日は……すみません……。」


 絵梨ちゃんは平常通りおずおずと頭を下げて、玄関の敷居をくぐった。


「こんばんは、絵梨ちゃん。それと……」


「はじめましてー風花ちゃんのお兄さん! おぉ! なかなか男前やーん!」


 絵梨ちゃんの後ろには、ショートカットの爽やか少女がいた。やや褐色に日焼けしており、細身だが引き締まった健康的なスタイルである。 


「うちは沙織いいますー。今日はよろしゅーな。ところでお兄さんは彼女おんの?」


 随分距離の詰め方がなかなか強引な関西娘だ。多分、大阪出身だろう。


「ちょっと……お兄さん……困ってるよ……。」


「あっ、すんません! よくあつかましい言われるんで、気悪くせんといてくださいねー。」


「うん、大丈夫だよ。なかなかユニークな友達だね。」


 とりあえずリビングまで案内すると、風花がラザニアをオーブンから出しながら「いらっしゃーい!」と満面の笑みで迎えた。


「二人ともご飯にする、お風呂にする、それともわ・た・し?」


 風花が悪ふざけ顔でそう言うと、沙織ちゃんは「もちろん……、ふ・う・か!」と言って抱き着いた。わーきゃー騒ぐ二人に、絵梨ちゃんは「なんか……すみません……。」と困り顔で笑いながら言った。


「ははっ、絵梨ちゃんも大変だねー。っじゃあ、俺は部屋に上がろうかな。」


「えっ……、晩御飯……一緒に……食べないんですか?」


「カップ麺でも作って、部屋にもって上がろうかなと。」


「お兄さん……私も……色々作ってきたから……一緒に食べませんか?」


「えっ、いいの?」


「も、もちろんです……!」


 風花お手製のラザニア、絵梨ちゃんお手製のラムチョップを一緒に食した。


 その後は、風花がツタヤで借りてきたホラーDVDの鑑賞会が始まった。


「っじゃあ、俺は部屋上がるから、みんなゆっくり寛いでね。」


 そう言って階段を上がろうとすると、今度は沙織ちゃんにがしっと腕を掴まれた。


「うちホラー苦手やねん! お兄さんも一緒に観てくださいよー!」


「えっ、なんで……」


「人数多くて賑やかな方が、怖さが紛らわせますやん!」


 そういうものだろうか。よくわからないけど……。


「まぁ別にいいけど……。」


「お兄ちゃんは真ん中の特等席で観ていいよ。」


「おい、特等席じゃねぇよ。画面の正面って一番恐いだろ。」


 結局何故かJCと共にホラー映画を鑑賞する事になった。おそらく二人とも家でお風呂に入ってきたのだろう。時折香る絵梨ちゃんと沙織ちゃんのフレグランスな香りに、あまり内容に集中できなかった。


「っひぃ! めっちゃ怖いやん~!」


「……きゃっ! あっ……お兄さん……すみません……。」


「きゃ~こわいよ~ww お兄ちゃ~ん。」


「おい、風花。お前だけ棒読みで半笑いなんだよ。」


「てへぺろ。」


 上映会終了後、俺はようやく部屋に上がることを許された。JC達の宴は深夜まで続き、楽しそうな少女たちのガールズトークがずっと響いていた。


「なぁ、風花ってブラコンなん?」


「うーん、まぁどっちかというとそうかな。でも禁断の愛とか一切ないよ。」


「そりゃそうやろ。ってか、絵梨も男苦手なのに、お兄さんは大丈夫なの?」


「お兄さん……いい人……だから……。」


「あり? 絵梨……もしかして風花のお兄さんの事好きなんか?」


「……ふぇっ!? ち……違うよ……///」


「えりりんには、うちのお兄ちゃんごときは勿体ないよん。」


「そんな……私なんかに……お兄さんは……勿体ないよ……。」


 タイミングの悪さ――それが俺の本日の反省点である。


「なにいってんねん! こんなたわわな物を胸にぶら下げおって!」


「ひゃっ……ちょっと……やめてっ……! 助けて風ちゃん!」


「えりりん、悪いけどこれだけは味方できないね。私も揉みしだいてやる……あっ、お兄ちゃん。やっほー。」


 騒がしかったリビングは水を打ったように静まり返った。


「あっ、ごめん。喉乾いてさ……。うん、何も見てないから。」


 絵梨ちゃんが、沙織ちゃんと風花から恥辱を受けているところを、タイミング悪く出くわしてしまった。赤面した絵梨ちゃんの叫びが夏夜に響いたお泊り会だった。

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