第23話 言葉先輩の秘密に近寄り過ぎると命に関わる

 仲睦まじい様子で話す俺と神崎さんの背後に、先ほど俺をスフィンクスのサンドアートにした犯人が立っていた。


「おやおや……、知らぬ間に随分と仲良くお話ししてるじゃないか。」


「うわっ、姉貴!? いつからそこにっ!?」


「神崎の進路の話が始まったところあたりかな?」


「……結構がっつり聞いてやがったな。」


「喉が渇いたな。ポカリもらうぞ?」


 そう言って、姉貴は俺の手から神崎さんにもらったポカリをひったくり、一気に飲み干した。……やはり俺は、なかなか決断ができない優柔不断な中途半端人間である。悩んでいる間に、神崎さんとの間接キスチャンスは失われてしまった。


「吹雪先輩、今日は誘ってくださってありがとうございます。」


 神崎さんは正座に足を組みかえ、姉貴にぺこりと頭を下げた。


「まぁ、フルートの練習もあまり根を詰め過ぎないようにな。たまには息抜きも大事だ。」


 そう言って、姉貴は神崎さんの頭をぽんぽんと撫でた。


「はい、ありがとうございます。」


 うわぁ~いいなぁ……。俺も神崎さんの頭ぽんぽんとかしてみたい、という考えがつい浮かんでしまった。


「姉貴は、神崎さんの進路のこと知ってたんだな。」


「あぁ。一年の頃から悩んでいたようだから、時折相談にのっていた。」


「いつもありがとうございます。」


「可愛い後輩のためなら、それくらいお安いごようだ。」


 できれば可愛い弟にも、その優しさを少し分けてほしいものだ。


「そろそろ昼だな。海の家に行こうじゃないか。おい、今からダッシュで人数分のテラス席を確保してこい。」


「いや、姉貴よ。今から走ったところで一緒だろ。それにそんな混んでないって。」


「ほらほら、いいからダッシュ。」


「もう、わかったよ。」


 みんなで海の家に入り、少し遅めの昼食をとった。少し老朽化が始まった店構えであったが、メニューはよくある鉄板焼き系統(焼きそば、イカ焼き、焼きトウモロコシなど)に加え、フライドポテトや神戸牛コロッケなどの揚げ物、かき氷やアイスクリームと一通りのバラエティを備えていた。


 俺は焼きそばとフライドポテトとラムネを購入し、穏やかな潮風に吹かれながら、テラス席で他の面々が戻ってくるのを待っていた。


「お待たせ~。弟くんは焼きそばにしたんだね。」

「言葉先輩は……何ですか? それ?」


 言葉先輩は大きな鉄板を持っていた。その上には、熱々のビフテキが載っていた。


「神戸牛のステーキがあったから買っちゃった。」


「おぉ、さすがブルジョワですね。」

「そんなことないよ~」


 そう言って謙遜しているが、言葉先輩は、最近ネット小説界隈で流行ってる令嬢様である。正確には某“ジ”から始まる全国規模の有名書店の社長令嬢である。


「さっき少し将来の進路の話をしてたんですけど、言葉先輩は大学とかってどうするんですか?」


 言葉先輩と進路について話す機会は今までなかった。そのため、彼女がどんな将来展望を考えているのかは知らない……。というか、実を言うと姉貴の進路についても、大学進学という事しか知らない。


「私の進路……? 大学は地元の国立の文学部を受けるつもりだよ。そのあとは……私一人っ子だから、多分……お父さんの会社を継ぐことになるのかな。」


「なるほど。さすが言葉先輩は、もう将来の道もはっきり見据えてるんですね。」


「まぁそうだね……。でも、将来の道が何となく決まっちゃってるっていうのは……、あんまりいい事ばかりってわけでもないけどね。」


 言葉先輩は少し困ったような笑顔で言った。


 大企業の社長である親の後を継ぐ――。傍から見れば何とも羨ましい境遇にあると感じてしまうが、実際その立場になると、悩みも色々あるのだろう。


「他に何か、やりたい事とかってあるんですか?」


 あまり浮かない表情の言葉先輩を見て、ふと思い浮かんだのはその疑問だった。


「えっ!? いや……そういうわけ……でもないんだけど……。」


 この反応は、きっと何か他にしたいことがあるんだろう。敏腕刑事並みの観察眼を持つ俺はそう確信した。


「本当に? 隠す事ないでしょ。正直に言ってくださいよ。」


 追い込むように質問を重ねると、言葉先輩は少し潤んだ瞳で頬を赤くした。なんだか悪いことをしているような気分になる。


「うぅ……。実は……他にしたいことが……」


 もう少しで教えてくれそうだったのだが、いい所で邪魔が入ってしまった。


「――おい、お前はどうして言葉を涙目にして追い込んでるんだ?」


 夏真っ盛りのビーチだと言うのに、思わず鳥肌が立つほど冷たい氷のような声が聞こえてきた。


「ふっ、吹雪お姉さま……!? 私めは決してそんな事しておりませぬ!」


 焦って家来が主に言い訳するような変な口調になってしまった。とても実の姉貴に対して話すような言葉遣いではない。


「っじゃあ、何故に言葉が涙目なのか申してみよ。」


 姉貴もまた、決して弟に使うべきではない口調で俺を問い詰めた。


「っぐす……、吹雪ちゃ~ん! 弟くんが、私の大事な秘密の部分を……公衆の面前で露わにしようとするんだよ!」


「ちょっと、言葉先輩!? その言い方は余りに語弊がありすぎますぞっ!」


 必死に弁明しようとしたが、時すでに遅かった。姉貴は界王拳のような赤いオーラと殺気を身にまとい、ドスの利いた声で「……ぶッ○ろす!」と言ったのが聞こえた。


 キュインッ! と瞬間移動する効果音とともに、気が付けば姉貴は眼の前に現れ、俺の腹部にピストルで撃ち抜かれえたような衝撃が走った。姉貴ならきっとドラゴンボールやハンターハンターの世界でも通用しそうだ。


「ぐはぁっ!!!」


 おそろしく速い右ストレートだった。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。


「ごめんね、弟くん……。でも、これは――誰にも秘密なんだ。」


 言葉先輩は、腹を抑えてうずくまる俺の耳元でそう囁いた。誰にもということは、姉貴に対しても秘密ということだろうか。


 あの優しい言葉先輩がそれほど隠したい『本当にしたい事』……。とても気になるが、これ以上の余計な詮索は命に関わるので止めておこう。

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