第19話 涙目でぎゅっと俺の背中にしがみ付く神崎さん
冷たいシャワーで頭を冷やし、俺と須崎先輩がビーチへと戻った時には、女性陣たちは既に海に入り、ぷかぷかと浮き輪で浮かんで海水浴を満喫していた。
「俺たちも海に入りましょうか。」
「そうだな。」
八月の海は、初めはやや冷たく感じたものの、肩まで浸って次第に体が慣れてくるにしたがって、心地よく海水浴を楽しめる水温だった。
海水浴というものの遊び方を俺は余り存じ上げていないのだが、ぷかぷか浮き輪に嵌って浮かんでいるだけでも気持ちがいいものである。
ただそれだけだと手持無沙汰であるため、持ってきたビーチボールで遊んだり(言葉先輩の揺れる胸元に目をやる度、姉貴にスパイクを顔面にぶつけられた)、あとは須崎先輩とウォーターボーイーズごっこをして遊んだりした。
「ねぇねぇ、雪くん。」
神崎さんは俺の肩をつんつんつつきながら話かけてきた。
「ん? どうしたの神崎さん。」
肩をつつかれた事に、内心少しドキッとしながらも平静を装って振り返る。
「私とさ、どっちが早く泳げるか競争しようよー!」
神崎さんはそう言って、20メートル程先にあるまん丸い岩を指さした。
「あそこまで先についた方が勝ちねっ!」
「うーん。まぁ、それでもいいんだけど。多分、神崎さんには負けないよ?」
なんといっても、彼女の運動神経の悪さに関しては折り紙付きである。彼女が本当に、あの岩場まで泳ぎ切れるのかすらも懐疑的だ。普通にやったらまず負ける気はしない。
「えへへ、舐めてもらっては困るね~。私は子どもの頃はスイミング習ってたんだよ? 負けないからねっ! よーいどんっ!」
「えっ、ちょっと待って……。」
いきなりスタートの合図を切られてしまい、俺はスタートを思い切り出遅れてしまった。
――まぁハンデとしては丁度いいか。
そう思って俺も飛び込もうとした時、神崎さんの頭がひょこっと海水面に浮かび上がった。
「あれ? 神崎さん……大丈夫?」
「っぷは!(ぶくぶくぶく……)っぷはぁ!」
――どうにも溺れている様子である……おそらく足がつってしまったのだろう。
まだ何とか海底に足がつく距離であるが、パニックになってしまっているらしい。俺は急いで彼女の元に駆け寄り、彼女の華奢な肩を抱きかかえた。
「っぷはぁっ! ごほっ……、こほっ……!」
「神崎さん、落ち着いて――ゆっくり呼吸して。」
「っはぁ、はぁ……。はぁ……ふぅ。」
しばらくすると、彼女の呼吸は次第に落ち着いてきた。
「神崎さん、大丈夫?」
「はぁ……。うん、大丈夫……。びっくりした……いっぱい水飲んだ……」
涙目になりながら、神崎さんはひしっと俺の背中にしがみついた。溺れた当人は当然びっくりしただろうが、それを見ていたこちらもびっくりした。
「いきなり溺れてるから、こっちもびっくりしたよ。」
「ごめん、運動不足かな……。バタ足したら、いきなり足つっちゃった……。」
神崎さんは申し訳なさそうな声で言った。基本的に鈍くさいのが、彼女の可愛いところでもあり、ひやひやさせられるところでもある。しかし、そういうところがまた「俺が守ってやらないと!」と男の庇護欲を駆り立てる。
「まぁ何にしても、とりあえず神崎さんが無事でよかった。」
「いっぱい海水飲んじゃって、慌てて足がつかなくなって怖かった……。助けてくれてありがとね。」
「いや、そんなの当然のことだよ。」
溺れているのが誰であっても、俺はすぐさま助けていたはずである。
「神崎さん、もう大丈夫かな? 歩けそう?」
神崎さんの身長でも十分足が付く所にまで来たが、彼女は俺の背中にぎゅっとしがみ付いたままであった。彼女の柔らかい肌の感触に、ついどぎまぎしてしまう。
「うん……。雪くんが私のことを抱きかかえてくれて、落ち着いてって言ってくれて、すごくほっとしたの――本当に、ありがとう……///」
俺の背中にしがみつく神崎さんの体温が、少し温かくなったような気がした。密着する身体と、耳元から聞こえる彼女の声にどうしてもどぎまぎしてしまう。クールになれ。ステイクール! カームダウン!
「ど、どういたしまして、次からは気を付けようね」
「うん……/// わかった!」
つった方の足を庇うようにして歩くので、座って休めるところまで俺は彼女の手をとって歩いた。柔らかい彼女の手の感触が俺の手に吸い付くように触れている。っていうか、これ――手を繋いでしまっている。
つったのは左足だったようで、神崎さんは自身の白く細いふくらはぎをしばらくマッサージしたり、屈伸して伸ばしたりしていた。その様子もどこか魅惑的で、つい見惚れてしまった。
「雪くん、もう大丈夫! 足も治ったよ!」
神崎さんはにこっとほほ笑み、そして「ご心配をおかけしました……」と頭を下げた。
「そっか、よかった。でも、本当に気を付けてね。」
「うん、ありがとう。」
水中で足がつった恐怖からか、神崎さんは「もうずっと浮き輪つけとく!」と言って、ドーナツ型の浮き輪を片時も身から離さず装着していた。
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