第2話 サッカー部キャプテンからのお呼び出し
サッカー部キャプテンである
「なんだろ――。まさか、呼び出してしめられるとか……」
いや、優しい須崎先輩に限ってそれはないだろう。しかし、昨日総体が終わったばかりの今日である。さすがに少し身構えてしまう。
「今からか……」
月山達と別れ、時刻は午後の4時過ぎである。須崎先輩に対しては、俺は色々と恩義を感じている。行かないわけにはいかないだろう。
“大丈夫ですよ。どこに行けばいいですか?”
返信すると、すぐさま須崎先輩からのラインの通知がポップアップした。
“っじゃあ、いつものファミレスで。財布は持ってこなくていいぞ。”
こういうところもまた、須崎先輩が後輩から慕われる理由である。もちろん彼は後輩の男子からだけでなく、同学年の女子からもモテるようだ。
“さすが須崎先輩、かっこいいっすね。すぐ向かいます。”
須崎先輩に返信をした後、俺は夕暮れの中、駅のそばにあるサイゼリヤに向かった。なるべく早く駆けつけたが、須崎先輩は既にテーブル席に座って、手元のメニューに視線を落としていた。
「すみません。お待たせしました。」
「いや、俺も今来たところだよ。ごめんな、いきなり呼び出して。」
そう言って、「まずは何か好きなもん注文しな。」とメニューを差しだして来た。俺が女なら、簡単に須崎先輩のことを好きになってるいるかもしれない。
俺はたらこソースのパスタをダブルサイズ、あとミラノ風ドリヤを注文した。須崎先輩は、「チキンステーキとミラノ風ドリヤ、あとドリンクバーを二つ。」と言って、ドリンクバーのチケットを店員に手渡した。
「昨日はお疲れ様だったな。」
「いえ……。昨日の試合は、二年が足を引っ張ってすみませんでした。」
「ん? 何も謝ることなんかないさ。お前らはよくやってくれたし、俺らも三年も最後の試合に全力で挑めた。少なくとも俺たち三年は昨日の試合を全力でやりきれた事に満足してる。」
須崎先輩は、昨日の試合の件をあまり引きずってないようだった。
「終わってしまった過去のことを悔いてても仕方ない。それより、本題だ。今日呼び出したのは、俺から雪に二つのお願いがあるからだよ。」
――本題の二つのお願い……。その一つはなんとなく察しはついていた。
「まず部活において大事な方から言うぞ。青葉雪――お前には次期キャプテンになってもらいたい。」
須崎先輩は、俺の顔をじっと見つめながらそう言った。そして「あれ、あんまり驚かないんだな。」と首をかしげながら付け足した。
「この時期にキャプテンから、一人呼び出されたら察しますよ。それより……なんで、俺なんですか?」
もしかしたらとは思ってはいたが、なぜ自分が次期キャプテンに推薦されるのか、その理由までは理解が及ばない。
「俺なんかより、適任はいると思うんですけど。単純な実力言えば、剛田が一番だと思いますし、戦略的なことを考えて指示だせる点では池上が適任じゃないですか。あとチームを引っ張るという意味では、僕なら月山がいいと思いますよ。」
「っはは。雪がキャプテンに向いてると思うのは、そういうところなんだけどな。」
「……はい? どういうことですか?」
「雪はチームメイトの事をよく見てるじゃないか。そういうみんなの事をよく見ていて、何かあった時に気づけるところを、俺は雪のキャプテンに一番向いてるところだと思う。」
「いや……でもですね。」
俺が”でも”の後の言葉を繰り出す前に、須崎先輩はいかに俺がキャプテンとして適任かを説明し始めた。
「実力だって、剛田にも引けをとらないだろ。剛田は確かに実力はあるが、あいつ意外とメンタル弱いところあるからな。そして池上は確かに賢くて、よく考えてプレーをできるが、それは雪にも十分あてはまることだ。あと池上はここだけの話だが、どう見てもキャプテンという性格ではないだろ。」
さすが、須崎先輩は後輩たちの事もよく見ている。今の彼の意見には、俺も概ね同意せざるを得ない。
「あとはまぁ……確かに雪は、あまりみんなを引っ張るってタイプではないかもしれないな。――だけど、この最近の様子を見てたら、それも少し変わりつつあるみたいだし。」
――変わりつつある? そういえば、剛田にも似たようなこと言われたな。
「そう……ですかね……。」
“変わる”という言葉を、俺は最近よく人から言われている気がする。しかし、もし本当にそうだとしても、それは表面的な部分であり、根本的な部分は特に変わっていないのだろうけど。
俺の根本的な部分は――おそらくただの中途半端な人間だ。
「とりあえずしばらくの間、みんなを引っ張る事に関しては月山に任せて、お前はそのことはあまり考えなくていい。」
「は? どういうことですか?」
「だから、あいつには副キャプを御願いしようと思ってる。」
「え゛……、月山が副キャプですか……。」
「ははっ。なんだ、月山が副キャプは嫌か?」
「いえ、そういうわけではないですけど……。」
「お前らは何だかんだでいいコンビだと思うぞ。さて……どうだろうか。時期キャプテンを御願いしてもいいだろうか。」
須崎先輩の目は、もう俺が引き受けるであろうことを確信している目だった。
「……はぁ。全然キャプテンが務まる自信はないですよ? でも、須崎先輩にお願いされたら、俺は断れないですよ。」
須崎先輩には、俺は入部した頃から、今までもたくさんの恩を感じている。
サッカー部に入った一年の頃、俺はあまり人とのコミュニケーションをとらず、部活でもただ淡々と練習していた。そんな俺に何かと話しかけ、部内で浮かないように世話を焼いてくれていたのが須崎先輩だった。
もちろんそれだけでなく、いつもさりげなく声をかけてくれ、技術面でも精神面でもよくアドバイスをもらった。入部してから現在に至るまで、サッカー部という場所が、俺の居心地のいい空間としてあり続けたのは、間違いなく須崎先輩がいてくれたことが大きい。
「そうか。さすがは俺が見込んだ男だな。うん?――どうした浮かない顔をして。」
「いやいや……さっきも言いましたけど、須崎先輩の後を引き継ぐとか、プレッシャーしかないんですけど。せめていくつかアドバイスください。」
俺は須崎先輩に本気で懇願したが、彼は楽観視しているというか、特にアドバイスらしいものはくれなかった。
「俺だって、最初は自分じゃ務まらないと思ってたけどな。案外なんとかなるって。引退してからも、もちろん困ったら相談のるし。」
「それは有り難いんですけど……何か一つくらいアドバイスないんですか?」
そう言うと、やっと須崎先輩は何をアドバイスしようか、と思案する表情になってくれた。
「そうだなぁ……。青葉はちゃんと人の事を見れているから、あとは“伝えること”が大事かな。」
「伝えること……ですか。」
「そうだな。人はやっぱり、自分の努力してる事とか、変わった部分に気が付いてもらえると、それだけ嬉しいものだよ。でも、オシドリ夫婦ならともかく――、人が見てくれているかどうかは、きちんと言葉にしないと、相手になかなか伝わらないものだ。」
なるほど――。確かに須崎先輩は、チームメイトに関して些細な事でも気が付いたことがあれば、自分からよく話しかけて言葉で伝えていた。
「些細な事にも気が付いて、きちんと言葉で伝えるってことはだな……。女の子を相手にする時もとっても大事なことだ。」
「あの……まぁ、それはわかりますけど……。」
「おい、今のめっちゃ大事な話だからな。女の子には、きちんと自分の言葉で伝えるのが大切だ。大事なことだから二回言ったぞ。よく覚えとけよ。」
女の子との付き合い方じゃなくて、部のキャプテンとしてのアドバイスを御願いしてるのだけど……。
でも、まぁ確かに言葉で伝えるのは、部のキャプテンとしてはもちろん。人との接し方全般において大事な事かもしれない。
俺はふと、夏休み前にちろるを泣かしてしまった時の事を思い出した。
――先輩が私の事を、ちゃんと見てくれてるとわかって安心しました。
ちろるがそう言って笑ってくれたのは、俺が自分の気持ちを、きちんと言葉にして彼女に伝えたからだ。
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