第46話 風花曰く、ちろるんの愛は重いを超えて狂気じみている

 ちろると別れてから家路に着くと、リビングのソファに死体のように横たわる妹の姿があった。妹の風花は白目をむけ、いつもなら部屋着にすぐ着替えるのに、珍しく学校から帰ったままの制服姿で寝ていた。一体何事だろうか。


「――おい、風花? 生きてるか?」


 肩を叩きながら呼びかけると、風花は「……ぅう~」と小さく唸った。


「大丈夫か?」

「およ? おはようお兄ちゃん」


 風花は目をしぱしぱ何度か瞬きさせ、ようやく焦点が定まった。


「今は夕方だぞ。何があったんだ?」

「うーん……。今日は中学校の球技大会だったんだよ」


「あぁ、そうだったな。それで疲れて寝てたのか」

「まぁね。柄にもなく頑張っちゃったよ。筋肉痛だ~! お兄ちゃんマッサージして」


 風花は甘えるような声を出しながら、ごろんとうつ伏せになった。仕方なく肩から背中、そして腰と順番にマッサージしてやった。


「種目はバレーボールだっけ? どうだった?」

「うん。私の活躍で全勝優勝したよ」


 風花は軟式テニス部に所属しているが、基本他のどのスポーツも学業も何でもできる。生まれ持った才能というか、姉貴にしても妹にしても、青葉家の女子は基本スペックが高い。俺にも少し分けてほしいものだ。


「さすが俺の妹だな。やるじゃん」

「まぁね~。お兄ちゃんが頑張ったって聞いたからさ。風花も頑張ろうかな~って」


 人はお互いに色々な所で関わり、影響を与え合っているのだろう。どうやら俺の行動が、妹の球技大会へのやる気にも影響を与えたらしい。その元を辿れば、俺がやる気を出したのはちろるのおかげでもある。


「お兄ちゃん、どさくさに紛れてお尻さわらないでよ」

「妹の尻になぞ興味ないから安心しろ……。お前骨盤小さいから、子供産むとき大変なんじゃない?」


 俺は風花の腰回りを指圧しながら、ふと思ったことを口にした。すると風花は、横になりながら顔をこちらに向け、じろっと圧の強い視線をこちらに向けてきた。


「中学生の妹にそんなこと言う? ほんと世の中の妹の大半は、今の発言でドン引きだからね。私じゃなかったら、一生口きいてもらえないよ」


 そこまでなのか。まぁ確かに失言だったとは思うけども……。


「ちなみに私はこれから、ボン・きゅっ・ボンの身体になるから大丈夫だよ。」

「そっか……。まぁ遺伝的にはあんまり期待できんけどな。」


 風花は今度は、俺の顔をまじまじと見つめ、何か気が付いたような表情になった。


「……ん? お兄ちゃん、今日もまた何かあった? いい事か悪い事かはわからないけど、何か色々入り混じってごちゃごちゃしてるって感じ?」


「すごいな……お前。お兄ちゃん検定一級に認定しよう」

「その資格は絶対に履歴書には書けないね。っで、何があったのさ?」


 風花に言ってもいいものだろうか。しかし、唯一これまでの俺の恋愛事情を全て知っている相手であり、そして何よりも俺の愛する妹だ。


「えっと……、何やら説明すればいいやら……」

「いいから全部ゲロッちまえよ。そしたら楽になるぜぇ~?」


「どこで覚えてきたんだ、そんな言葉……。」


 拷問看のようなセリフを口にする妹に、俺は絶対に誰にも言わないように釘を刺してから、今日起こった出来事の一連の流れを話した。


「おぉ……。なんか、ちろるんのお兄ちゃんへの愛が、重いを超えて狂気じみてる気がするんだけど」


 やはり客観的に見れば、かなりおかしなことになっているよなぁ。


「でもまぁ、ちろるんがそれでいいって言うなら、お兄ちゃんもそれでいいんじゃないの? ちろるんはあれで頑固なところもあるし」


 確かに……ちろるん、結構頑固なところあるからな。球技大会の時もそうだったし。


「ちろるんがお兄ちゃんの告白を断った理由って……、お兄ちゃんの心に迷いがあるのに、無理に付き合うかどうかの決断をさせたくなかったからでしょ? だったら大人しく、言われた通り自分の想いをしっかり見定めることだよ。」


「そう……なのかな……。」


「でも、ちろるんが心から……、お兄ちゃんを好きで付き合いたいって思ってるのは忘れちゃ駄目だよ?」

「あぁ、そうだな。」


 そしてあの時俺は……ちろるの気持ちに応えたいと確かに思ったのだ。しかし、その心と同時に、神崎さんを好きな気持ちが心に根差していた事は否めない。


 だとすれば、俺はやはり神崎さんへの気持ちを早く心から消し去るべきなのだろう。そのためのタイムリミットがクリスマスイブという事になる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る