第五章 学期末の長い一日
第39話 ちろるはノートも名前もキラキラしている。
球技大会の打ち上げから帰った翌日の朝、いつも通りに俺はモーニングルーティーンをこなして学校へ向かった。
駅の改札に定期券を通しホームに入ると、見知った少女が駅のベンチに腰掛けていた。
「――あっ、雪ちゃん先輩だ。おはようございます」
「おう――、おはよう」
駅で後輩と出くわす、いつしか見慣れたその光景には、いつもと違う点があった。
ちろるの身に着けている服は、見慣れた制服姿ではなく、学校指定のジャージ姿であったことだ。そして髪型もいつもと少し違う。前髪を横にながし、二本のヘアピンでクロスにとめてある。
「今日は一年の球技大会か」
「そうですよ。だから今日はジャージ登校です」
「髪型もいつもと違うな」
「……気づきました? うれしいな~///」
そりゃ、前髪いつもおろしてるのに、おでこ出してたら気づくだろ。いるよね……、球技大会とか体育祭の時だけ、髪型が普段とちょっと違う女子。いや、まぁそういうの結構好きだけれども。
「球技大会なのに、荷物色々持ってんだな。俺は昨日ほぼ手ぶらだったぞ?」
「女の子には色々と持ち物がいるんですよ。男の子とは違うんです」
こいつほんとジェンダー発言好きだな。俺も人のことあんま言えないけども。まぁ実際女子と男子では、カバンの中身も色々と違うのだろう。
「何が入ってんの?」
「そりゃもう、乙女のカバンの中は、色んな可愛らしいキラキラした物でいっぱいなんですよ」
なんとも頭の悪そうな回答である。
「女子ってたまに、筆箱パンパンになるまで筆記具を大量にいれてる奴いるよな。そんで色ペンとか使いまくって、ノートめっちゃカラフルにする奴……まぁそんな奴に限って勉強できないんだけど」
「むむむっ……」
どうした楽天カードマンみたいな声だして、お前もしかして……。
「そっか、ちろるんはノートきらきら系女子だったか。すまん、忘れてくれ」
「別にいいじゃないですか! カラフルな方が、復習する時テンション上がるし!」
「そんな奴に限って、ノート綺麗にとることに満足して、授業内容ろくに理解してなかったりするよな」
「むむっ!」
「そして色ペン使い過ぎて、復習する時もどこが大事なのかわからなくなるっていう……」
「むむむっ!」
ちろるんが眉間に皺を寄せて、頬を膨らましている。
この話題はそろそろ変えた方がいいな。
「ところで、きらきらで思ったんだけど……。ちろるって名前さ、結構キラキラしてるよね?」
「何ですか? さっきからケンカ売ってるんですか?」
ちろるはお得意のジロ目でこちらをじっと睨みながら言った。
「いや、別にそんなつもりはないんだが……。キラキラネームいいと思うよ。
「絶対バカにしてるじゃないですか……。言っておきますけど、子どもには何の罪もないんですからね! 親に与えられた名前を背負って、逞しく生きていくしかないんですよ。」
それもまぁその通りだ。子どもには何の罪もない。
ちろる曰く、戸籍法では「子の名には、常用平易な文字を用いなければならない」とあり、子供の名前に使える漢字は「常用漢字」と「人名漢字」に制限されているらしい。
しかし、漢字の読みに関してはどう読ませるかは自由という抜け穴がある。また、名付けには漢字のほか、ひらがなとカタカナ、「々」などの記号も使えるそうだ。
「ちろるちゃん……? 何でそんな詳しいの?」
「そりゃ、名前を改名してやろうと法律で調べたことがありますからね! もう今は、この名前も気に入ってますけど……。雪ちゃん先輩も、雪って名前が女の子っぽくて改名したければ、相談に乗りますよ」
「いや……。改名する予定はないから大丈夫だ」
そこまで考えてたのか……。まぁ名は体を表すというように、そのものの本質を示しているとも言われるくらい大事なものだ。悪ふざけみたいな名前を付けられたら、子供だってたまったもんじゃない。
「雪ちゃん先輩のところは、兄弟みんな似たような名前といいますか……雪シリーズですよね」
「雪シリーズって……まぁその通りなのだけども……」
長女の姉貴は吹雪という名で、俺はそのまま雪、妹は風花……間違いなく雪の呼称で名づけられている。
吹雪の名は――長女として、女の子でも強さを秘めた子に育ってほしいという願いだそうだ。ちょっと強くなりすぎでない? と思うほど、吹雪を超えてブリザード(猛吹雪)のように育っているが、まさに名は体を表した結果とも思える。
そして俺は、詳しくは知らないが、雪のような周囲を包み込む優しさを持った男の子になってほしいというのと、姉貴が吹雪だから、とりあえず雪にしとこうか……といった感じらしい。おそらく後の理由がメインなのだろう。
末っ子の妹である
「父さんも母さんも、スノースポーツが好きだからね。二人の出会いも長野の白馬村のスキー場だったらしい。」
「そうだったんですね」
「ちろるって名前は何が由来なの? やっぱり某一口サイズのチョコレート?」
「えぇ……。まぁそうなんですけど。ちろるって、某チョコのちろるも、オーストリアのチロル地方が由来なんですよ。チロル地方の美しく雄大な大自然のような、天真爛漫な子に育ってほしい。そしてあとやっぱり響きが可愛いからということだそうです」
「なるほど……。でも、ちろるは天真爛漫って感じはそんなしないな」
「そうですか?」
と、ちろるは小首を傾げた。
「天真爛漫って――うちの妹みたいに、少し自分勝手なイメージもあると思うけど、どちらかというと、ちろるは周りのことに色々と気を配って、優しい気遣いのできる子ってイメージだな」
「えっ……、そうです……かね///」
ちろるは少し頬を染めて足元に視線をさげた。
そんな雑談をしていると、いつの間に学校の最寄りの駅まで到着していた。思いのほか雑談で盛り上がってしまっていた。何気ない会話をするのにおいて、やはりちろるほど話しやすい奴はいないかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます