第22話 俺と姉貴の争いなんて醜いものは、神崎さんの視界には入らない。
俺は荷物を運びつつ、身体は進行方向を向いているが、顔だけはこのまま首がねじ切れるのではというほど、ずっと神崎さんの方向を向いていた。
「ふぅ……ご苦労様。」
「ありがとうね、弟君!」
体育館のステージ上に段ボールを運び終え、姉貴と言葉先輩の二人は労いの言葉をかけてくれた。
「ちなみに、三年の球技大会の種目は何なんですか?」
「今年の三年女子はラクロスだよ。」
「ラクロス?」
何ともまぁ、女子が好きそうなおされスポーツではあるが、なぜそんなものを……。全然どうでもいいけど、ラクロスのラを〇で覆ったら、別の言葉が思い浮かんでしまうな。
『〇クロス』
もちろん〇に入るのはマである。――某有名ロボットアニメだ。もし卑猥な言葉を考えた人がいたら、煩悩を打ち払いに今すぐ寺にお参りでもしてくるがいい。
「やっぱり、みんなやったことないスポーツだと公平だからね。ちなみに三年男子は、例の集団票により、卓球に決まったよ。」
――例の集団票。俺が種目決めの投票結果の仕分けを手伝っていた時に見た、”リア充しね”と書かれた謎めいたものだった。
うわー、リア充しねしね団とかいうあの謎団体が当選しやがったのか。絶対卓球部連中が一枚噛んでるだろう。卓球というスポーツは戦略の奥が深い面白い競技だが、何故かあそこ根暗な奴多いからなぁ。人の事あんま言えんけども……。
「――さて、戻るか。」
荷物を端に寄せて、姉貴はそう言った。
「ごめん~。ちょっと先行っててくれる?」
ふと見ると、言葉先輩は二年の女子たちに囲まれていた。どうやら、言葉先輩は後輩女子達から人気があるらしい。まぁあの母性溢れるやさしさと、女子力の圧倒的高さは後輩女子の憧れの的であろう。
いつか俺だけのお姉ちゃんになってくれないかと常々思っているものの、現状は遺憾ながら俺だけではなく、この学校みんなにとっての言葉お姉ちゃんなのだ。
対する姉はというと、姉貴もまた後輩女子からの人気はすごいらしい。しかし、近づきがたいオーラが常に出ているため、気易く話しかける後輩は少ないようだ。
本人曰く、「私は気高く隙が無いため話しかけられにくいのであり、決して――お前みたいにキモイから話しかけられないわけじゃない。」とのことだ。
わざわざ俺の事を引き合いに出さなくていいじゃないですか。俺だってたまにはクラスの女子に普通に話しかけられるし。……別にきもくないし。
実際、姉貴はバレンタインの日、見知らぬ女子生徒からのチョコがロッカーに山積みになるらしい。母と妹の作ったチョコしかもらえなかった俺に、「バレンタイなのに、私の方がチョコいっぱいもらっちゃって――なんかごめんな。」と小ばかにした腹立つ顔で毎年言ってくる。
「ほら、行くぞ。」
言葉先輩が女子に囲まれる姿をぼーっと見ていると、姉貴は俺の尻に蹴りを入れてきた。
「何だよ、いってーな……」
「お前が見惚れるべきはそっちじゃないだろう?」
姉貴は俺の耳元で、小声でそう言った。
そうだ――、もう少し神崎さんのバドミントンする姿を目に焼き付けておかなければ――。と思ったのだが、先ほどまで神崎さんが試合をしていたはずのコートには、既に彼女の姿はなかった。
もう試合は終了してしまったのだろうか……。
体育館内を見渡しても、神崎さんの姿は見当たらない。俺は少し肩を落としながら、姉貴の後ろについて体育館を出た。
「――あれ? 吹雪先輩……それに、青葉君も。」
体育館の階段の踊り場で、小川のせせらぎのような清涼感ある声が聞こえた。
「おう、神崎か。バトミントン頑張ってたじゃないか。」
――愛しの神崎さん……だと……。いやまぁ正直、水飲みに外に出てんじゃね? 体育館の外でばったり出くわすんじゃね? とか、ちょっと期待してたけど。……計画通り!
「見られてましたか……お恥ずかしい。ところでお二人はどうしてここに?」
「三年の球技大会の準備でな。弟にも手伝わせていた。」
「そうなんですね。えらいね、青葉くん。」
神崎さんはそう言ってにこっとほほ笑んだ。
「いや……別に、そんなことないよ。」
何してんだー。もうちょっと愛想よく何かいえや俺。「いや……、別に」って、沢尻エリカかよ。でも、何も話題が思い浮かばねぇ。
「吹雪先輩と青葉くんって、やっぱり並んでみたら似てるとこありますねー。」
「はぁ?」
「はぁ?」
俺と姉貴は見事にシンクロした。
「えっ!? 何で二人ともそんなに嫌そうなんですか?」
「おい、神崎――今、お前は私の心をいたく傷つけたぞ。この愚弟と似ているなんて、二度と言ってはいけないよ――。お前だって……こんな陰鬱で幸薄そうな顔した奴と似ているなんて言われたら嫌だろ? 自分が言われて嫌なことは、人に言っては駄目だ。」
進行形で俺に嫌なことを言ってるけど? しかし、俺だって姉貴に似てるなんて納得いかない。
「どんだけ俺の顔が嫌なんだよ。俺だって姉貴と一緒にされたくない。姉貴みたいに気が強そうな目つきしてないだろ。俺の目元は母さん似だからな。」
「……あぁ? 何か言ったかコラ!?」
姉貴はカツアゲするヤンキーの如く、俺の襟首を掴み、片手で俺の身体を持ち上げた。どんな力してんだくそ姉貴。
「すんません。何でもないです……。」
そんな兄弟喧嘩を眺めながら、神崎さんは笑顔で言った。
「いいなぁ、兄弟仲いいですね。私一人っ子だから羨ましいです。」
どこを見たらそう見えるの? あれ、神崎さんの目は節穴だったのか? いや、きっと彼女の視界は、俺のような下民の見える世界とは次元が異なっているのだろう。
天使のように美しい彼女には、世界はきらきらしたお花畑で満ち溢れており、兄弟の争いごとなんて醜いものは視界に入らないのだ。
――きっと今も、彼女にはこんなふうに見えているのだろう。
「もう弟君と似てるなんて言われたら、恥ずかしいじゃないか~うりうり」
「やめろよお姉ちゃん~俺だって恥ずかしいよ~」
と、じゃれ合っている兄弟にしか見えていないのかもしれない。
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