第202話 手紙
街の中心にある大広場に面し神殿のすぐそばにその大規模レストランはある。
以前、寒村だったアルマールでは小さな店を親子で切り盛りしていたが、タルトが現れ彼女が行きつけの店として繁盛していった。
タルトとは家族同然の付き合いでよく彼女に振り回されている。
店が勝手に移設、改築されたり多くのハーフの子供たちを従業員として受け入れ育てたりと色々あったが出会った当初から今でも親しく付き合いを続けていた。
父親のエグバートは頑固そうな親父に見えるがタルトの良き理解者でハーフのリーシャの事も最初から優しく接していた。娘のモニカはタルトの事を妹のように可愛がっている。まだ10代なのだが母親のような母性が溢れ店で働くハーフの子供たちの面倒をよくみていた。
この日もタルトは店を訪れ昼食を食べている。
「うぅーん、やっぱりこの店で食べるご飯は美味しいですよー!
落ち着くしやっぱりここに住んじゃおうかな」
「何言ってるの、タルトちゃん。
あんなに立派な神殿があるんだからもったいないでしょ。
それに小さい子供達が沢山いて場所がないわよ」
「大丈夫ですよー。
モニカさんと同じベッドで大丈夫ですもん」
「それは残念!
いつも寂しがりな子と寝てるからそこも場所がないのよ」
「むむぅー。
じゃあ、ベッドを拡張して皆で寝れるようにします!」
「全くタルトちゃんには敵わないわ…。
ちゃんと何か変える前に教えてね」
「ん?」
タルトはいつも見ているモニカの微妙な変化に気付く。
「モニカさん、何か良いことがありました?」
「あら、分かる?
ふふーん、明日はねー私の誕生日なの!」
「そうなんですかっ!?
また母親オーラが増しちゃいますね!」
「何のことかしら…?」
タルトは触れてはいけないものを直ぐ様、感じ取って話題を変える。
「ぐふんっ、ぐふんっ、何でもないです。
それじゃあ、盛大にお祝いしないとですね!」
「それは嬉しいわ!
明日は楽しみにしてるわね。
それと誕生日は私にとって特別なイベントがあるのよ」
「イベント…ですか?」
「そう、タルトちゃんには母親の事は話したこと無かったわね?」
「そうですね…まだ無いです」
「私の母親はね、重い病に掛かって遠くの町で治療をしているんだって。
小さい頃に会ったのが最後だからあまり覚えてないんだけど優しいいつも笑顔を絶やさない人だったわ。
誕生日はね、年に一回だけ母親からの手紙が届くの。
かれこれ10年かな、だから明日が待ちきれないんだ!」
「それは寂しいですね…。
会いに行ったり出来ないんですか?」
「お父さんがね、私が旅が出来るくらい大きくなったら連れていってくれるって約束してくれたの。
それが今年には叶いそうだからとっても楽しみだわ!」
「もし良かったら私も一緒に良いですか?
もしかしたら魔法で治せるかもしれませんし」
「えっと…うぅーん…良いのかな。
そんなに頼っちゃって?」
「モニカさんとエグバートさんは私の家族ですよ!
それに辛いときはいつも慰めて貰いましたし。
どんな事でも相談してください!」
「そう…よね!
うん、これからは頼りにしちゃうね」
「それじゃあ、私は明日の準備を始めないと。
もっと早く教えて貰えれば盛大なパーティが開けたのに!」
「そんなに盛大じゃなくていいからね。
何だかタルトちゃんに任せると怖い気が…」
「じゃあ、行ってきます!」
そう言ってタルトは慌ただしく店を飛び出していった。
一人不安なモニカを残して。
翌日、いつも通りお店の仕事をこなし、いつもより早めの店仕舞いとなった。
夜はパーティをするからとエグバートも了解の上で店を夕方に閉店としたのである。
とりあえず神殿に来いという事だったので向かってみると入るなりメイドのような女性達に捕まりきらびやかなドレスに着替えさせられ化粧もされた。
そのまま理解が追い付かないまま案内に従い大きなドアの前に連れてこられる。
隣にはこれもまた見たことないタキシードを着たエグバートが立っていた。
「お父さん、何これ…?」
「俺に聞くな…このドアの向こうを考えただけで頭が痛い…」
「それにしても結構、タキシードが似合ってるわよ」
「そうかあ?こういう動きににくいのは好きじゃねえがな。
それよりもお前もドレスが似合ってるぞ。
本当、母親にて綺麗だ…ますます似てくるな」
「何か恥ずかしいな…」
そんなことを話してると目の前のドアが開く。
部屋のなかには豪勢な料理が並び明らかに身分の高いであろう人達が拍手しながらこっちを見てる。
「今日の主役のモニカさんの登場です!
更に盛大な拍手でお迎えください!」
もう逃げる選択肢は用意されておらず慣れないハイヒールでフラフラしながら苦笑いを浮かべ雛壇へと進む。
そして、始まる誕生日パーティ。
人々は食事を楽しんだり会話で盛り上がっていたがモニカの元には次から次へと挨拶に人が訪れ目が回りそうだった。
その中で見たことのある老人が隣に青年を連れやって来る。
「これは王様っ!?
お久しぶりです。
こんな私なんかの誕生日に遠くからお越しになるなんて…」
「何をおっしゃられる。
聖女様の姉君である貴女に祝辞を述べたいと思いましてな。
とてもおめでたいことですじゃ。
ところでもう良い人はおられるのかの?」
「良い人なんて、そんなっ!」
「バーニシア王、モニカ殿も困られてます。
女性には機微な事ですから慎重にお尋ねしないと」
バーニシア王の隣に立つ青年が困った顔をしている。
「あのぅ…貴方様はどちら様でしょうか?」
「これはご挨拶が遅れました。
私はサンオルク、ディアラの王でございます」
「ひえええぇ…これは失礼しました!」
「いえ、私は聖女様に救われた身。
姉君もお気軽にサンオルクとお呼びください」
「それは無理ですよぉ…」
「ははは、ではこれにて失礼します。
バーニシア王も行きましょう」
青年に押されバーニシア王もモニカから離れていった。
代わりにタルトが同じくらいの少女とモニカと同年代の女性を連れてやってきた。
「モニカさん、楽しんでますか?」
「タルトちゃん、偉い人ばっかりで気が休まらないよ!
もう…それでこの子達はお友だちかな?
いつもタルトちゃんと仲良くしてくれてありがとうね!」
「お初に御目にかかります。
私はマリア・アングリアです。
そして、こちらが付き人のアンです」
「ん…?マリア…アングリア?
もしかして…王女様だったり…」
「そうだよ、マリアちゃんはこの前、女王になったの!」
何の悪気もない笑みでニコニコしているタルト。
本当にただ仲の良い友達を紹介するような軽さだったがモニカにとってはたまったもんじゃない。
「ちょっとタルトちゃん!
それなら早く言ってよっ!
普通に話しかけちゃったよ!」
「あのー、モニカさん。
気にしなくて大丈夫です。
それにタルトちゃんに振り回される気持ちは分かります…」
「それは私も同感です。
ただの平民だったのにいつの間にか女王様の付き人に…」
一瞬で三人の気持ちが一つになった。
タルトという共通の悩みの種があり何かしらの被害を受けている。
ただ、それよりもタルトの事が好きなのだが。
マリアとアンとの出会いで少し気が休まったモニカは楽しいひとときを過ごした。
パーティがお開きになりモニカの部屋にはモニカとエグバート、タルトの姿があった。
「今日はありがとうね、タルトちゃん。
ちょっと精神的に疲れたけど楽しい誕生日だったわ」
「もっと時間があればもっと盛大に出来たんですけどねー」
「いや、これ以上はもういいからっ!」
「そうですかー、残念です…。
それよりもお母さんからの手紙は届いたんですか?
早く読みましょうよ!」
「どうして嬢ちゃんがそんなに嬉しそうなんだよ?
ほら、ちゃんとここにあるぜ」
エグバートはポケットから一通の封筒を取り出しタルトに渡す。
「ねえ、モニカさん。
私が読んでも良いですか?
ちゃんとお母さんみたいに読んでみせますから!」
「別に良いわよ。
ずいぶん可愛い母親役かな」
タルトは嬉しそうに封筒から手紙を取り出し広げて読み始めた。
「えー、親愛なる愛娘、モニカへ。
誕生日おめでとう、すっかり大人の女性になったのでしょう。もう良い人は出来ましたか?紹介してくれるのを楽しみにしてます。
それとお店の手伝ってくれてありがとうね。お父さんは頑固なところがあるけど、ちゃんと面倒見てあげてね」
モニカがくすっと笑いながらエグバートを見ると恥ずかしそうに横を向いてしまう。
「続きいきますよー、えー何々。
今日はモニカに謝らなくていけません。
この…」
「タルトちゃん?」
急に手紙を握りしめたまま黙りこむタルト。
そして、ほほに涙が頬を伝って落ちた。
「もぅ…ごれ以上は…読めないでずぅ…」
そのまま泣き出すタルト。
モニカは近寄りそっと抱き締める。
「貸してごらん」
「でも…ごれは…」
「大丈夫だから、ね!」
モニカはタルトから手紙を受けとると続きから読み始めた。
「この手紙がお母さんからの最後の手紙になります。
もう大人になったモニカなら理解してくれることを祈ります。
お母さんはもう既にこの世にいません。
あなたが小さい頃に病気で亡くなっているのです。
毎年、誕生日に渡してる手紙は亡くなる前に書いたものをお父さんに託したのです。
この辛い世の中で小さなモニカに哀しんで欲しくなくて嘘をついていました。
お父さんはそんな私の我が儘に付き合ってくれただけですので怒らないであげてね。
大人になったこの年の手紙が最後になるので謝りたいと思います、本当にごめんね。
お母さんに似て綺麗な女性になっているはずだから絶対に幸せになれると信じています。例えお金がなくてもお母さんがお父さんと出会ったように自分の幸せを見つけてね。
この手紙を書く横で幸せそうな寝顔を見せてくれているモニカに幸福が訪れますように。
母より」
「…」
「ふぐぅ…ぐすん…」
目尻を押さえ必死に堪えるエグバートと大泣きしてるタルト。
「モニカ…ざん…」
「タルトちゃん…。
私は大丈夫よ、それに何となくそんな気がしてたんだ…。
私ね、お母さんの記憶はうっすらしか覚えてないんだけど優しくて笑顔が素敵な人だったの。
だから、私もお母さんみたいな人になりたいの。
それとお父さん、お願いがあるの」
ぐっと涙を堪えエグバートが顔をあげる。
「なんだ?お願いなら出来る限り聞いてやるぞ」
「お母さんのお墓参りに行きたいんだけど良いかな?」
「ああ、それは勿論、問題ない。
明日は店を休みにするつもりだから一緒にいこうか」
「うん、ありがとう!」
そんな中、タルトが精一杯、手を挙げている。
「分かってるぜ、嬢ちゃんも一緒にな」
その夜、タルトモニカと一緒のベッドで眠ることにした。
翌日の朝に三人は街を出発し王都方面へいくつか村を越えた先にある街へ辿り着く。
「ここだ」
街の近くにある墓地の中でこじんまりした墓石が置いてある前でエグバートは足を止めた。
「ここにお母さんが眠ってるのね…」
モニカはそこに膝をつき黙祷をする。
「お母さん。
亡くなった後も沢山の心配かけちゃってごめんね。
お母さんがくれた愛情のこもった手紙のお陰で立派な女性になれたよ。
それと私、お姉ちゃんになったの」
そこでタルトの手を引っ張って抱き締める。
「こんな可愛い妹も出来て楽しい毎日を過ごしてるの。
家にはもっとたくさんの弟や妹もいて私なりの幸せを見つけたよ。
だから、安心して眠ってて大丈夫だから…」
ここで初めてモニカの目から涙が溢れる。
今まで必死に溜め込んだ様々な感情と共に溢れ出したのだ。
暫く泣いたあと、深呼吸をして顔をバチンと叩く。
「はい、泣くのはもうおしまい!
さあて
帰って子供たちの面倒をみないと!」
もうすっかりいつものモニカである。
店に戻ると子供の世話で右往左往に困っていたリーシャとミミを見て腕をまくり元気よく笑うモニカ。
「ほら、もう大丈夫だよ。
お姉ちゃんに任せなさい!!」
今日もモニカは子供達に囲まれ笑顔で店に立つのであった。
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