第158話 戴冠の儀

マリアは王族専用の豪華な馬車に乗り込み、式典の場所である聖なる洞窟に向かっていた。

窓の外を眺めているが景色など目に入らず不安で押し潰されそうであった。


(タルトちゃん、拘束されたって聞いたけど大丈夫かな…。

もう一度会いたいよ…)


同行している兵士は様子がおかしかった。

誰も口を利かず何かはりつめた空気が素人のマリアでも感じ取れる程だ。


(私の人生はここまでなのかな…?

でも、約束したしタルトちゃんが助けに来てくれるよね)


淡い期待をしつつ馬車は無情にも目的地に向けて進んでいく。

やがて深い森の中に突然現れる大きな洞窟の前に出た。

少し進んだ所に鍵のかかった扉があり古くから伝わる鍵で開け中へと進んでいく。

これ以上、馬車では進めなくなったのでマリアも降りて自らの足で歩き始めたが余計に心細さが増す。

大勢いても味方はいなく孤独のような気がしてならないのだ。


「さあ、マリア王女よ。

もう少しで祭壇ですぞ。

いよいよ戴冠式は近いですな」


やらしい笑みを浮かべゴート公爵が先を急がせる。


「そうですね。

さあ、進みましょう」


それでも懸命に冷静に振る舞うマリア。

四面楚歌の状況でありながらも王族として取り乱さないように決心していた。


通路を突き当たりまで進むと立派な門が現れ前回の戴冠式以来、開けられた事のない重い扉を開け放つ。


「マリア王女よ、ここで少しお待ちくだされ。

すぐに準備をさせよう」


ゴート公爵の命により深紅のロールカーペットが敷かれ、祭壇に炎が灯される。

兵士が両サイドに整列し中央に道が作られた。

際壇上では正装に着替えたゴート公爵が立っている。


「さあ、マリア王女。

中央の道を進み祭壇に上がられよ。

これより即位の儀を開始する」


一礼を行いカーペットの上をゆっくりと進んでいく。

途中で宝剣、王杖、指輪など王のみに代々受け継がれる宝を受け取る。

法衣に身を包み宝具で着飾ると幼いながらも立派な女王に見えた。

遂に祭壇へとたどり着きゴート公爵の前へ進み出る。


「遂にこの時が来たな、マリア王女よ。

この王冠を授けて戴冠の儀は終了となる。

その後に新しい王として民衆の前に挨拶を行うのだ」

「ええ、心得ております。

我が父および歴代の王達に恥じぬよう精進して参ります」

「やはり亡き父に似ておるな…。

その澄んだ真っ直ぐな目…そなたの心を現しておる。

父の意思を継ぐのか?」

「えっと…そのつもりですが」

「お前の父は優しく平和主義であった。

その為、ワシのやり方をよく思っていなかった」

「何の話をされてるのですか…?」


一向に戴冠を行わず話を続けるゴート公爵に不安を隠しくれないマリア。


「お前の父は飢えに苦しむ民を救おうと国の金を惜しみ無く使っておった。

各地の領主にも命じて無駄な施策を試みていたのだ」

「いえ、父は民のために新しい農地の開発や治水工事、品種の研究を進めていたのです。

決して無駄などでは…」

「結果を見よ、その結果はどうなった?

今でも不作は続き土地はどんどん荒れ果ててるではないか」

「ですが、上に立つ者として民を救うのが務めです。

まだ成功していませんがいつの日か…」

「その頃にウェスト・アングリア王国は衰退しておるわ。

それに比べ七国連合を見よ、今に領土を奪われるぞ」

「そんなことはありません。

同じ人間同士ではありませんか?」

「歴史を見れば分かるが国家間の戦争など頻繁に発生していたのだ。

このままでは対抗する力も消え失せる。

当時の強大な国力を取り戻す為に改革が必要なのだよ」

「改革とは一体…」

「簡単だ、この国は軍事国家へと生まれ変わる。

民は国のために労働し武器を製造する。

そして、兵を強制徴収し倍以上の軍事力を手に入れるのだ!」

「そんなことをすれば民が黙っていませんよ!」

「そんなもの法を変えれば良いのだ。

逆らうものは重罪にすれば皆が従うだろう」

「私が絶対に許しません!

貴方の考えは危険すぎます!」


諦めたように肩をすくめるゴート公爵。


「やはり駄目だったか…。

非常に残念だがお前を女王に即位させる訳にはいくまいな」

「どうするつもりですか…?」


合図と共に入り口の暗がりから数匹の魔物が現れた。


「王女は儀式の洞窟で魔物に襲われ、運悪く亡くなるわけだ」

「父も貴方が殺したのですか?」

「丁度、意見が対立している頃だったな。

だが、その件は全く関わっておらんぞ。

そもそも病気で死んだのであろう?」

「疑わしいですが死因は病死なのは事実…。

この兵達も貴方の息の掛かった者ですね」


魔物が現れても兵は微動だにせず整列したまま動かない。

魔物も兵に興味がないのか真っ直ぐマリアを狙っている。


「その通りだよ。

この魔物も秘薬にて思うがままに操れるのだ。

そうそう、聖女を待ってても助けには来ぬぞ」

「タルトちゃんに何をしたの!?」

「あの小娘は利用価値があるからな。

今頃は地下牢でぐっすり眠り込んでいるだろう」

「無事…なのね…」


タルトが無事なことが確認できて安堵する気持ちと助けが来ない不安がぶつかり合う。

その時、入り口から数名の兵士が飛び込んできた。


「王女は無事か!?

何と魔物まで入り込んでいるぞ!

急ぎ王女をお守りしろ!」


部屋に飛び込んでくるなりマリアの無事な姿を確認し、守るように陣を作る。


「マティルダの言った通りゴート公爵の仕業であったか!

マリア王女、もうご安心ください!」

「貴方達…よくぞ助けにきてくれました。

全てはゴートの仕業です、この場を切り抜けて真実を明るみに出すのです」


突然の兵士の乱入にも関わらず慌てる様子もないゴート公爵。


「やはり来たか。

前王に近しい兵が助けに来るものと思っていたぞ。

マリアも一人では寂しかろうからあの世へ供を付けてやろう」

「ふざけた事を。

この程度の魔物など我らが直ぐに片付けてくれよう。

王女には指一本触れさせんぞ!」


兵士達は襲い掛かる魔物を次々と倒していく。


「この程度の魔物では無理か。

アレを放て!」


暗闇よりゴブリンキングが複数現れた。

流石の精鋭達も戸惑いがあったが覚悟を決めて斬りかかっていく。

だが、相手が悪かった。

一体だけなら倒せたかもしれないが、複数も相手ではただの虐殺である。

一瞬にして兵士達は惨殺され、その血が飛び散りマリアの法衣を真っ赤に染めた。


「いやあああああああああああああああああああああぁぁ!!!」


もう限界であった。

王女ではなく少女のように恐怖の叫び声をあげた。


「誰か助けて!

お願ぃ…誰か…ねぇ、聞こえないの…?

タルトちゃん…助けて…」


守ってくれていた兵士が殺され整列して微動だにしない兵達に泣きながら懇願する。

だが、返事はなく立ち尽くしており絶望するマリア。


「諦めたようだな。

いつものように冷静な王女を演じるのも出来なくなったか。

もうお前を助ける者はいないのだよ。

さあ、お別れの時間だ」

「ぁ…ぁ…ぁ…」


もう恐怖で身動きも声もあげることが出来ないマリアへと近づくゴブリンキング。

血に染まった武器を振り上げ最後の時が訪れようとしていた。

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