第145話 寒村

ゴドディンを出発したタルト一行はアルマールでの出来事は知らないままウェスト・アングリア王国の領地へと辿り着いていた。

まだ、国境沿いの辺境伯が治める街道を進んでいる。

のどかな畑が広がる中を馬車で進んでいると畑中央に老人が倒れていた。


「大変、おじいさんが倒れてる!

ちょっと見てきますので待っててください!」


タルトが馬車から飛び出し年寄りへと近づいていく。

そして、すぐさま診察を始めた。


「外傷はなさそう…どう、ウル、何か分かる?」

『これは…ただの熱中症のようですね。

体を冷やして水分補給をさせましょう』


意識のない老人を持ち上げて馬車まで運ぶ。

首筋など血管が通ってる箇所に魔法で水を出して冷やしていく。

同時に点滴も行い水分補給も行う。

暫くすると意識を取り戻し、ゆっくりと体を起こした。


「ここは…?

ワシは一体…」

「あっ、おじいさん、どこか痛いところとか異常はないですか?」

「お前さん達は…?」

「おじいさんは畑の真ん中で倒れてたんですよー。

丁度通りかかって治療をさせてもらいました」

「そうか…命を助けて貰ったんじゃな。

すまんのう…」

「気にしないでください!

困ってる人がいたら助けるのは当然です」

「そうか…お嬢ちゃんは優しいんじゃな」

「とりあえず家まで送りますけど、この先の村で合ってますか?」

「ああ、そうじゃ。

面倒かけるがよろしく頼む」


街道を少し進むと村が見えてきた。

お世辞にも栄えてるとは言えない明らかな寒村である。

昔のアルマールを彷彿とさせ、どこか懐かしさを感じさせる。


「ここがワシの家じゃ。

良ければお茶でも飲んでいくかね?」

「良いんですか?じゃあお邪魔しますー」


寂れてはいるが立派な一軒家が老人の家であった。

二羽の雑草もだいぶ伸びっぱなしで手入れがあまり行き届いていないようだ。

中へ入ってからも少し散らかっており人の気配がない。


「あれっ?家族の方は留守ですか?」

「家族は…暫く不在にしておる…」

「そうなんですね…一人だと寂しくないですか?」

「少しはな、日々やることが多いから仕事中はそういうことも忘れられる」


老人はお湯を沸かしお茶を注いで出してくれた。


「ご老人、お名前をお聞きして宜しいか?

私はオスワルド、バーニシアから来た者です」

「これは恩人に対して失礼した。

ワシはリカルドじゃ」

「私はタルトですー」

「ティアナだ、見た通りエルフだ。

この者達と一緒に旅をしている」

「エルフとは珍しいな。

不思議な組み合わせだが色々と訳があるのだろう」

「リカルド殿、この村には宿はあるか?

後少しで日も暮れるだろうから泊まりたいのだが」

「見ての通りの寒村でな。

昔はあったのだが今は辞めてしまってのう。

今夜だけで良ければ泊まっていくが良かろう」

「それはかたじけない。

お言葉に甘えお世話になります」

「気にするな、部屋は沢山ある」

「じゃあ、お世話になるなら夜ご飯は任せてくださいよー」


タルトのこの言葉に固まる二人。


「待てタルト、料理はワタシに任せろ!

エルフの伝統料理を作ってやろう!」

「そ、そうです!

タルト様はお疲れでしょうから休んでてください!」

「むぅ…言いたいことは分かりますよぉ…」

「何だ嬢ちゃんは料理が下手なのか?

そんなんじゃ嫁入りに苦労するぞ」

「うぅ…リカルドさんまで…」


夕食はティアナに任せ村をぶらぶらするタルト。

小さな村なのですぐに一周してしまったが、それだけで違和感を感じる。

家へ戻ると夕食の準備が出来ていたので何も言わず席についた。


「ほう、これは美味しいのう。

同じ食材なのにこうも違うとは」

「調味料の使い方だな。

森には人間が知らない調味料が多数あるんだ」

「長生きしてみるもんだのう。

エルフのお前さんはもっと長生きしとるのか」

「まあな、貴方よりは長いのは間違いない」


ここまでずっと黙っているタルト。

不思議に思ったオスワルドは声をかける。


「タルト様、どうされました?」

「えっ?その…あのリカルドさん。

ここの村に若い人はいますか?」


タルトの質問にじっと考え込むリカルド。


「気付いてしもうたか…。

旅人のあんたらには関係ない話じゃよ」

「それでも教えてください。

何かお力になれるかもしれません」

「どうにもならんと思うが…まあ、話をするだけだぞ。

この先の街にある商人が住んでおる。

所謂、武器商人でな、かなりの金持ちだ。

そいつがこの辺一帯を取り仕切っていて金を貸す代わりに武器工場の労働力にするのだ。

ほとんどの若者はそこにいっておる」

「ここの領主はなぜ放置している?」

「簡単な話だ、商人は財力を使って私兵を沢山雇っていて領主も何も出来んのだ。

それに表向きは違法な事はしておらん」

「老人の言う通りだ。

人間の法律は詳しくないが金貸しをして利子として労働力を求める。

一見は問題なさそうだが、何故、皆が金を借りる必要に迫られてるのかが問題だ」


ティアナの鋭い質問にリカルドは天井を見上げながら話し出した。


「ここの税自体はよそと同じくらいだろう。

だが、作物が思うように育たないのと物価が高くての…」

「作物が育たない理由は分かってるのか?

それにこんな田舎で物価が高いのにも理由があるのだろう?」

「エルフは賢いから隠し事が出来んのう。

どちらも例の商人の仕業だ。

物価も畑の配水の権限も握っているのだ」

「その言い方だと意図的にそうしてるように聞こえるじゃないですか…」


何処にいっても人間の醜い部分を見ることに悲しむタルト。


「お嬢ちゃんには分からんだろうな。

金のためなら何でもする者もおるんだ。

弱者には自由がないのだ…。

バーニシアから来たと行っていたのう。

何でも人々を救う聖女様が現れたとか。

七国連合は聖女様の加護によって畑は豊かに実り、奴隷制も廃止し平和な世を目指してるらしいのう。

まあ、連合にも属していない、こんな辺境な小さな村には関係ない話だがな」


タルトが立ち上がろうとするのを制止しオスワルドが耳打ちする。


「タルト様、ここは我慢してください。

七国連合を出てる今、問題を起こせば立場が悪くなります。

しかも違法ではない相手ですから下手したら罪人になってしまいます」

「でも…このままじゃ…」

「お気持ちは分かりますがここの領主に任せましょう」


タルトは納得していない不満そうな顔をしながら立つのを諦めた。


「おじいさん…私達で手伝えることがあればいってくださいね」

「お嬢ちゃんは幼いのにしっかりしてるのう。

その気持ちだけで十分だわい」


この後暫くしてから食事がお開きになり、用意してもらった部屋で休むことした。

その晩、タルトは遅くまで眠れなかったという。

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