第99話 形勢逆転

死の王の影と名乗る人物は、圧倒的な強さでシトリー達をねじ伏せた。

今まさに動けないリリスに対して、無慈悲な一撃が加えられようとしている。

首をはねようと腕が振り下ろされた。


ザシュッ


何かを切った気持ち悪い音が静寂に響く。

影は驚愕した。

本来ならはねたリリスの首の筈が、宙に飛んでいるのは振り下ろした自分の右腕だった。


「何故だ…?何故、私の腕が…?」

「確かニナ、勝利を確信したときは油断するんダナ。

その仮面に隠れた驚いてる顔が見たかっタゼ!」


影が自分の腕を見て意識がリリスから完全に逸れていた。

その隙を活かし、持てる力を込めて相手の左足の膝を狙う。

無防備な状態でリリスの一撃を受けて、膝の骨が粉砕された。


「これでちょっとは足癖が治るダロ」


満身創痍だが毒から回復しつつあるリリスは、やっとのことで立っている。

立場は逆転し右腕を落とされ、左足が使い物にならない影の方が動けない状態だ。


「ハァ…ハァ…チェックメイトダゼ。

あとは知ってることを洗いざらい話してもらオウカ」

「…何故、私の腕は切り落とされたのですか?」

「アア!?

しょうがネエナ、最後に教えてヤルヨ。

あそこには最初の攻撃の時にカルンが不可視の刃インビジブル・エッジが仕込んでたンダ」

「成る程、逃げる振りをして、私をあそこに誘導していたのですね。

でも、いつそんなやり取りを…」

「付き合いが長いカラナ。

そんなのアイコンタクトで充分ダ。

サテ、おしゃべりは終わりダ。

知ってる事を教エナ。

死の王とは何者ダ?

お前らの目的ハ?

調和を乱すとはどういう意味ダ?

仲間はどれくらいイル?」

「質問が多い悪魔ですね。

私にそれを語る権限を与えられていませんよ」

「自分の立場が分かってねえようダナー。

生殺与奪はワタシが握ってるんダゼ。

いや、生きてないのを殺すってのは何か変ダナ…」


実際に腕を切られても膝を粉砕されても痛がる素振りも見せなかった。

リリス自身、この謎の人物をどう拷問すればいいか見当もついてなかった。


「クックックックックッ。

よーく立場は分かっていますよ。

こんな状態ですが私の仕事を遂行するのみです!」

「何を言ッテ…お前…」


リリスがあることに気付く。

さっきまで綺麗だった左腕が病に冒され、肌が化膿したように変化している。


「お前、その腕はどうシタ!?」

「私を苗床に死の病が辺り一帯を襲うのですよ。

風にのって遠い町までね。

今度のは感染から死までが早いですよ。

その死者を苗床に何処までも拡がっていくのが楽しみです。

それに貴女達が此処で動けないなら治療する者はもういないでしょう」


(ヤベエナ…ワタシじゃ止められネエ。

満足な状態でも小さな病原体の拡散を止める術を持ってネエ…。

タルト、間に合ってくれるカ…)


みるみる腐ったかのように身体が変化していく。

リリスは打つ手がなく、それを見ているしかなかった。


「これで終わりです、皆、死の病に冒され死ぬのです!」

「イイエ、死ぬのは貴方だけデスワ」


影を中心に周囲を業火の球体に包まれる。


「シトリー!」

「待たせたワネ、リリス。

コイツは病原体ごと全て灰にしてあげマスワ」

「き、貴様ーーー!!

どうして崇高な意思を理解しない!!

いずれ貴様らにも死が訪れるだろう!!」

「それは今ではナイワ、消えナサイ」


パチンッと指をならすと球体が小さくなり内部の全てを焼き尽くす。

あとに残ったのは灰のみであった。


「やっと終わったカ…」

「エエ、本当に恐ろしいヤツでしたワネ。

残念ながら何も聞き出せなかったデスガ…」

「オオーイ、カルン、生きてるカー?」

「ウルセー…勝手に殺スナ。

あと少しで動けそうダゼ…」


三人とも満身創痍の状態で立ってるがやっとだった。

一時間もすると解毒剤が効き毒が中和され、普通に動けるようになってきた。


「さあテ、帰って休もうゼー」

「何を言ってるのデスカ?

元凶は倒しましたが、疫病は死滅してマセンワ。

媒介の小動物駆除に戻りマスワヨ」

「エエー、風呂くらい入ろうゼ…」

「サア、行きますワヨ」


三人は来たときと同じルートを逆走し、徹底的に駆除作業を行った。

半ばヤケクソで恨みを込めた一撃は幾つかの家を半壊させて。

やっとの事で全ての村を周り、アルマールへ戻ってくるとヘトヘトに疲れはてていた。


「神殿に戻って状況を確認しマスワヨ」

「まだ働くノカヨ…」

「リリス、シトリーを止めてクレ…」


無理矢理にでも二人を引っ張って、神殿に入るとタルトが忙しそうに治療を行っていた。


「タルト様!!!」

「えっ?わあ、三人ともお疲れさまー!

手紙を見て急いで戻ってきたよー」

「それで何をされているノデスカ?」

「モニカさんから抗体を抽出してワクチンを作ったから、皆に打ってたんです」

「ワクチン…?」

「ええ、ワクチンを打てば同じ病には掛かりません」

「ナンと素晴らシイ!

流石、タルト様デスワ」

「みんなが頑張って先に治療してくれたから被害が小さくて助かったよー」

「その御言葉だけで充分デスワ」


その時、ノルンが沢山のワクチンを抱えて近づいてきた。


「何処に行きマスノ?」

「シトリー達も戻ってきたのか。

丁度良かった、村にワクチンを打ちに行くのだが手伝ってくれるか?」

「ハア…?お前、天使じゃなくて悪魔ダロ!

どう見てもアタシ達が疲れてるの分からネエノカ」


疲れはてていたカルンが苦情をあげる。

ノルンは床で座り込んでいるカルンとリリスを見て吹き出す。


「ふふっ、お前らがバテてるのは珍しいものを見た。

そんな程度で疲れるなんて悪魔は根性がないな」


この言葉にシトリーがイラッとする。


「この程度、大した事ないデスワ。

それをこちらにも渡しナサイ。

リリス、カルン、もう一度行くワヨ!」

「マジカヨ…」

「こっちにも悪魔がイタゼ。

いや、そもそも本物の悪魔ダッタカ…」


こうしてリリスもカルンもデスマーチに駆り出されていった。

ワクチンの効果もあり、数日もすると疫病の騒ぎは静まっていく。

アルマールにもようやく平和な日々が訪れたのであった。

人知れず悪魔達の犠牲によって。


「イヤ、アタシもリリスも死んでネエシッ!!」

「シトリーとノルンという本物の悪魔のせいで本当に死にそうになったケドナ…」

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