第92話 大空の驚異
ギガンテスに向けて飛んでいくタルトだったが、ある事に気付いた。
タルト達を見ておらず何かから逃げているように思われた。
ただ、真っ直ぐ進まれると馬車があるので対処が必要であるのは間違いなかった。
ギガンテスはタルトに気付き、大きな斧を振りかぶった。
「取り敢えず止まってー!!
地面よ、凍れー!!」
地面が辺り一面凍りつき、勢いよく走っていたギガンテスは豪快に滑った。
手に持っていた斧が上空に放り投げられ、回転しながら真っ直ぐ落ちてきて…
「あっっ…」
ザシュッと音と共にギガンテスの胴と頭が離れた。
想像しなかった結果に本人含め気まずい雰囲気が流れる。
タルトは無言のまま地面に手を着くと、ギガンテスの巨体がズブズブと沈んでいった。
「ふぅ…さて、終わりましたし帰りましょうか!」
証拠隠滅しやがった!と全員が心の中でツッコミを入れる。
微妙な空気を破るようにセルデンが一歩前に出た。
「いや、聖女様、お見事でございました。
まさか自滅を狙われていたとは…」
「いやー…そんなことも…あったのかな…?」
「聞いていた特徴と一致しております。
これで住民もひと安心でしょう」
タルトの実力を一端しか見ることが出来ず、少し落胆していた。
想定では廃村を襲っているはずだったのに違和感は感じるセルデンであったが、討伐は完了したため帰還を切り出そうとしたとき…。
「ギャオオオオオオオオォ!!」
一帯に響く叫び声。
「何っ!?何の声??」
ギガンテスが来た方向から急速に近付いてくる気配があった。
何か大きい影が上空に現れる。
表皮は深緑色の鱗に覆われた、一匹の
「飛竜!?
馬鹿な、なぜ竜種がこんなところに!!!
そうか、さっきのギガンテスはこいつから逃げていたのか!」
セルデンは驚愕した。
竜は北の山脈にしか生息しておらず、他の地域には滅多に現れる事がない。
その皮膚は鋼鉄のように硬く、鋭い牙と爪、強靭な肉体から繰り出される恐ろしい一撃、種類ごとに様々なブレスを吐くなど最も驚異的な相手であった。
セルデン自身も出会った事はなく、勝てるかどうか不明であった。
「飛竜だあー、格好いい!!
会いたかったんですよー!」
何故かテンションが上がっているタルト。
「飛竜か、遠くから一度、見たことがあるが戦うのは初めてだな。
エルフの里は生息地に近いがどうなのだ?」
「見たことはあるが、争うなどあり得んな。
お互いに干渉しないようにしている。
こんなことになるとは予想外だ。
お互いに長生きすると色々な経験をするもんだな」
「全くだ、これはタルト殿を手助けしても良いだろう」
さすがにノルンとティアナも臨戦態勢に入っている。
未知の敵に兵士達も慌ただしくなり、同行者を護衛しようと防御陣形を取っている。
飛竜の無慈悲な瞳が獲物を見定めるように一人一人確認している。
タルトは飛竜の注目を得るため、ステッキに魔力を込める。
飛竜も瞬時に見抜き、タルトを睨み付ける。
自身を傷付けるだけの力を持つ存在であり、久々の敵と認識した。
お互いにぶつかり合う瞬間に向けて、気を練り上げる。
最高に高まった魔力を帯びたタルトは勢いよく飛翔しようした時、急に袖を引かれて気が抜けてしまった。
「タルトさまのじゃましちゃだめだよぉー」
「ここはあぶないのです」
袖を引いたのはリリーであり、リーシャとミミが後ろで必死に止めようとしている。
そんな二人を意とせずタルトをじっと見ている。
「…あの子、いじめちゃ駄目」
「えっ!?あの子って…。
もしかして、あの飛竜…?」
リリーはコクッと頷く。
心の中でえええええーーっと思うタルトであったが、それよりも飛竜の方が度肝を抜かれたしまった。
急に現れたのが竜族の統治する龍人が急に現れたのだ。
小さいながらに内在する恐るべき存在感に震えが止まらない。
魔物は本能的に自分より強者には立ち向かわない。
竜も知能は高いが基本的に力量差を理解したら、無駄な争いはしないのだ。
もう戦う意思どころか、生き延びる事を最優先に考え大人しく地面へと降りてきた。
「ん…良い子…」
「何で大人しくなったの?
リリーちゃんが何かしたの?」
「竜は賢い…勝てない相手、戦わない」
「それはそうと…危ないから来ちゃ駄目って言ったでしょ」
タルトは三人に軽くゲンコツでポコポコっとお仕置きをした。
「…むぅ…」
リリーは少し不満そうだった。
その様子を大人しく見ていた飛竜だったが、最上位種である龍人の頭を叩くなど驚愕な光景だった。
タルトの知らない間に逆らってはいけない存在に格上げされていた。
「触っても大丈夫かな?
うわあ、鱗が硬くてツルツルしてるー!
爪も大きいし、角も格好いい!!」
安全だと分かるや犬を触るように、飛竜のあちこちを触りまくるタルト。
状況を理解していないタルト達以外は混乱していた。
「飛竜を戦わずに手懐けただと…?」
セルデンも目の前の光景に理解が追い付いていない。
何かしらの魔法でタルトが飛竜を大人しくさせたように見えたのだ。
リリーが龍人だということは知らないのだから、しょうがないことである。
そもそもギガンテスを自滅させたり、飛竜をテイムするなど前代未聞であり実力を計るどころか、事実を話しても誰にも信じて貰えなさそうであった。
「リリーちゃん、町へ連れて帰っても良いのかな?」
「ちょっと待って……迷ってるだけ…家に帰りたい」
「そっかぁー、家族と一緒が良いもんね…。
気を付けて帰るんだよ」
飛竜は上空に飛び上がると教えてもらった方角へ飛び去っていった。
他国の同行者から歓声が上がり、タルトを称えている。
もうタルトを疑うものはなく、その超常的な力の加護を得られた事を素直に喜んでいた。
だが、マレーだけは神妙な面持ちだ。
おそらく異常な能力を持っていることは分かったが、ライバル国のバーニシアに肩入れしているのが問題だ。
セルデンも不安と期待が入り交じっていた。
理解を越えた魔法を使う少女を。
人類にとって希望の光になるだろうが、祖国の驚異にならないか心配である。
もし敵対したときに果たして自分は勝てるのだろうか。
様々な憶測が飛び交うなか、タルトは楽しそうに馬車の方に戻ってきた。
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