第84話 惨劇

不幸というものは予期せずやってくるものだ。


ノルンは暗闇の中にいた。

そこへ微かな光が射し、導かれるように向かっていく。

光に包まれ次第に頭に掛かっていたような靄が晴れて…。


気が付くとテーブルにもたれ掛かっていた。

段々、戻ってくる手足の感覚を確かめながら、ゆっくりと起き上がった。

そして、周囲の状況を確認して愕然とする。

そこは夜営地であり至るところに兵士が倒れていた。

ハーディ将軍もゼノン、王でさえも…。

隣にはオスワルドとティアナもテーブルにもたれ掛かっている。

テーブルの向かいにぐったりしたリーシャを抱えたタルトが大泣きしている。

リリーもぐったりしたミミを抱えて、どうしたら良いかオロオロしていた。

ノルンはフラフラしながら状況を把握する。

太陽の位置から今は朝のようで、敵の襲撃を受けたような争った跡はない。

兵士達は一様に不気味な笑みを浮かべたまま倒れているので、余計に奇怪さを際立たせていた。

必死に倒れる前の出来事を思い出そうとするノルン。

やっと思考が出来るようになった頭で少しずつ思い出してきた…。


ノルンが倒れる少し前…。

王都まであと少しまで来ており、往路の最後の朝もハーディがタルトを起こす。

長旅の疲れかリーシャ達はなかなか起きなかったので、タルトは一人で先に朝食の準備を始めた。

ハーディはそんなタルトに声を掛ける。


「今日は聖女様がお作りになるのですかな?」

「いやぁー、何か私は料理があまり上手じゃないみたいなんで…」

「はっはっはっ!

我らは戦場で酷い食生活をしておりますから、少しくらい下手でも美味しく感じます。

練習だと思って作られては如何ですかな?」


その話を聞き付けた兵士達が集まってくる。


「聖女様が朝食を作られるのですか!」

「もし美味しくなくても残さず頂きます!」

「仮に食べて死んでも本望ですよ!」

「俺もぜひ食べてみたいです!」


ワイワイとガヤは増えていった。


「皆さん…そんなに私の料理を…」


タルトの頬に涙が流れた。


「分かりました!

誠心誠意、気持ちを込めて生涯最高の朝食を作ってみせます!!!

いいえ、作らさせて下さい!!!」

「「「「おおおおおおおおおおぉ!!」」」」


タルトは鬼気迫る勢いで下準備を進めていく。

やっと起きてきたリーシャやミミでは最早、止められない勢いである。

そこへ騒ぎを聞き付けたノルンがやって来て、状況を把握した。

一生懸命料理するタルトを横目にティアナへ問い詰める。


「ティアナ殿、どうして止めなかったのだ?

被害が出てからでは遅いのだぞ!」

「おはよう、ノルン。

そうは言うが、ずっと見てても特に変な事はしていないぞ。

上手とは言わないがそれほど下手ではないのではないか?」

「むっ…そうなのか?

どれ、一応確認してみるか」


ノルンはタルトの調理過程を観察するが、至って普通である。

そう良い意味でも悪い意味でも普通であった。

アレンジするとなると、普通の工程から外れたり変わった食材を使うものであるが、それが見当たらない。

スープの鍋を掻き回しているが、普通に美味しそうに見える。

それを見ていると段々、噂が大きくなっていただけのものではないかと思えてきた。

黒の惨劇と語り継がれるあの日に居合わせたのは、ここではオスワルドしかいない為、真実を知るものが少ないのだ。

そんなオスワルドがタルトの料理が不味いなどと言う事はあり得ない。

こうして着々とタルトの手料理は、誰にも妨げられることなく完成に近づくのであった。

完成直前に湯気が髑髏のような形になり、ケケケッと笑ったように見えたが、ノルンは気のせいだろうと思うことにした。

そして、誰も死刑台へ一歩ずつ進んでいる事に気付くことはない…。


遂に完成した料理が並べられ、一同は机に並んで座る。

ノルンは恐る恐るスプーンでスープをすくい匂いを嗅ぐが、美味しそうな匂いが鼻の奥を突き抜ける。


「頑張って作ったので、いっぱい食べてくださいねー。

それでは、いただきまーーす!!」


全力を尽くしてスッキリしたタルトの掛け声にあわせて、一斉に食べ始めた。

ノルンも覚悟を決めて一口食べる。

甘いのか、辛いのか、しょっぱいのか分からない味が口いっぱいに広がり、何かが脳天を突き抜けた。


「こ…これは…上手い!?」


気付かぬうちに二口、三口と体が勝手に動いているように食べ進める。

周りをみると兵士達が貪り喰っており、その表情は天にも昇るような晴れやかな顔をしている。

食べれば食べるほど、思考が停止し喰うことだけしか考えられなくなる。

自分の名も忘れ喰う。

喰う

喰う

喰う

喰う

喰う

喰う

喰う

喰う

喰う

喰う。

まるでクスリでハイになったような高揚感を感じ、快感を覚えるかのように…。

そう、まさにエクスタシー。

そのまま視界がぼやけ、光に包まれるように気が遠くなっていったのである。


そして、現在。

全てを思い出したノルンはタルトに詰め寄る。

タルトは泣きながらリーシャに呼び掛けている。

リーシャは幸せそうな顔をしたまま、返事がない。


「リーシャぢゃーーーん!!

目を開げでーーー!

ぐすん…うぅ…なんで…。

あ、ノルンざん?大丈夫…でずか?」

「大丈夫な訳あるか!!!

一体なにをいれたのだ!?」


ガクガクとタルトの胸元を掴み、前後に揺らす。


「あばばばばばば…。

な、何も…変なものは…入れてないですよーー!

ノルンさんも見ていたじゃないですか!」

「た、確かに…。

だが、あの感覚は一体何だったのだ…?」

「皆、美味しい、美味しいって、すごい勢いで食べてくれていたのに…」

「とにかくだ、もう料理は一切するんじゃないぞ!

どうなるか良く分かっただろう?

今後、一切、金輪際禁止だぞ!」

「わ、分かりましたよぅ…。

一生懸命作っただけなのにぃ…」


ぐったりしていたリーシャの目がゆっくり開く。


「ぅ…ん…タルト…さま?」

「リーシャぢゃーーーん!!」

「ふああぁ…いま、おとうさんと…おかあさんにあったような…」

「リーシャよ、それ以上進まなくて正解だったな。

よく戻ってきてくれた」


兵士達も次々と目を覚ます。

記憶の欠如が一部あったが、全員が同じような体験をしていた。

この日の出来事は口外禁止となり、国家機密として扱われることになった。


この後は黙々と準備を始め、歩を進めた。

こうして無事?にディアラの王都へ着くことが出来たのである。

不思議な事に兵士達はしばらくの間、疲れを一切、感じることなく体の調子がとても良かったそうである。

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